ズボンのお直しと青春時代の想い出

先日、近所の方がお亡くなりになり、告別式に参列する為に久しぶりに喪服を着た。
昨年の1ヶ月の入院時、ヘルシー食のおかげで5Kg痩せたのであるが、退院後は余り歩くなとの主治医の指導と殆ど肉抜きのヘルシー食へのリバウンドから5Kg以上太ってしまい、全てのズボンのウエストが若干きつくなってきた。喪服も勿論である。

ワタクシの喪服は大学4年の頃、病気がちなオヤジ(年中入院、手術していた)が何かの手術前で(なんせ内臓は食道と直腸以外の全てをほぼ全摘、腎臓片方、前立腺などを摘出、肝臓がん、がん転移による大腿骨骨折、腸骨骨折などなどがあり、どの部位の手術か覚えていない)、オフクロが「今度はちょっと危なそうだから喪服を作っておいた方が良い」と考えたのだろう、三越だか高島屋だかに連れていかれてイージー・オーダーで喪服を作ってくれたのである。であるからもう50年前の喪服であるが、良い生地の喪服であったし、田舎暮らしであるからそうそう着ることもなく、一度ウエストを少し延ばした程度で今でも新品同様である。
であるが50年前の喪服であるから縫い糸が弱っているのでは?という恐怖心がある。昔は制服のズボンのお尻の縫い糸が切れて、パックリとパンツ丸見えなんて事はよくあったが、この歳で、おまけに喪服ではコワイ。

それにトラウマもある。高校1年の時だったと思うが、何処か海の近くに遠足に行き、岩の上から飛び降りたら、コットンパンツの腿の内側の糸が40cm程度裂けてしまい、これには困った。辺りには家もない海岸線。200m程離れた所に一軒だけ洒落た白い西洋風民家があるだけである。
友人に「ちょっとあの家に行って針と糸を借りてくる」と言い残してその家に行ったのである。呼び鈴を押したら妙齢の美しい女性が現れ「まぁ、それは大変。縫ってあげましょう。さっ、どうぞお上がりになって」とリビングに通された。「遠足でいらしたの?」とか「どこの学校?」とか・・・。洒落た紅茶カップに紅茶まで淹れてくれる。ワタクシまだ純情な高校1年生。ドギマギである。「ズボンお脱ぎになって」には「イエ、自分で縫いますから針と糸を貸してもらえないでしょうか」に「私、裁縫は得意だから大丈夫。さっ、お脱ぎになって」に仕方なくズボンを脱いで手渡すが、なんとも・・・エィッ!なるようになれと下半身パンツでフォファーに座って紅茶をいただきながら、向かいに座って器用に縫ってくれる女性とおしゃべりをする。家は海辺にあり、大きな掃き出し窓からは目の前に海が広がっている。「ここは別荘なんですか?」「いえ、主人と二人暮らし。周りには家も店もないので主人が居ない昼間は寂しい所なのよ」「・・・・・・」。

縫い上がるまで緊張の時間が続く・・・

フト窓の外を見ると手で口を押さえながら今にも吹き出しそうな顔が二つ三つ!思わずこちらの方が笑い出してしまった。妙齢の美しい女性、それに気づいて「まあ、お友達が心配して迎えに来てくださったのね!」悪ガキ共「イエ、貴女が心配で!」「バカヤロウ!」。
そそくさと縫い終わったズボンを履き、お礼を言って玄関を開けたら悪ガキ共が整列していて「アリガトウゴザイマシタ!」。
「バカヤロウ、何しに来た」「担任のヨシナガに様子を見て来いと言われて来た」。後は彼らからの質問責め。「ずいぶん時間がかかったけど何していた?」「彼女、ナニモノ?」「本当に紅茶飲んだだけ?」。
同級生が集まっている場所に戻ったら担任のヨシナガが「お前、30分も何してた!」「30分なんて掛かってない。綺麗な妙齢の女性が縫ってくれた」「それじゃオレもお礼を言いに行かなくちゃ!」。

帰り、ワタクシ、英雄となる。

どこの海岸であったかも思い出せないが、裂けたコットンパンツが薄茶色だったこと、妙に色っぽい女性だったこと、窓からの海が綺麗だったこと、悪ガキが誰だったかよく思い出せないが、一人はオグチだったことは確かである。まるで青春映画というより、フランス映画であった。

話は戻るがここ数年、喪服を着るたびに不安があった。お焼香の時にスボンのお尻が裂けたら目も当てられない。この小さな町にも洋服のお直し屋は数軒あるが、どの店が上手いか分からない。
で、年中美味しいものを届けてくれる、カミサンが指導しているコーラスグループの元会計さんのキタハラさんが例によって美味しいものを届けてくれた時に聞いてみる。二つ返事で「そりゃ久保田洋服店が一番。私の死んだ兄の同級生だけど。腕が良いよ。今電話番号分からないから帰ったら聞いておく」。彼女が帰って30分もしないうちに電話があり「明日の午前中で良けりゃ一緒について行ってあげる」とのこと。翌日彼女に久保田洋服店に連れて行ってもらう。久保田洋服店は駅前通りで何百回も通っているが何となく目立たない古びた店で気付かなかった。親爺さんにズボンを見せたら「こりゃ一度伸ばしていてもう伸す事は出来ないよ」「いえ、これ以上太らないようにするので裂けないように補強して貰えないか」「この生地はずいぶん良い生地だし本物の黒だ。補強なら出来る。明日までに直しておく」。
翌午前中に取りに行くと「直しといたよ。これなら裂けることはもうないよ。歳幾つ。71か。それなら一生もんだ」「ありがとうございました。おいくら?」「300円ばかし貰うか」「エッ、300円で良いの!」「うん、300円」。信じられない。ちゃんと当て布までしてあるのに。「それじゃ悪いよ」「いや、300円」。
古い町にはこんな素敵な職人さんがちゃんと残っている。

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