屋根下地工事終了

200畳もある屋根の下地工事が一昨日やっと終わる。後は屋根屋さんが来月末に入りガルバリューム鋼板を葺くことになっている。

仕事は細かい細かいガラス・ピースのカット。やっと全てのカットとルーター掛けが終わり、ピンセットでつまんでは原寸図の上に並べているのだが目が疲れる。これが終わったらテープ巻きが控えていることを考えるとまだまだ大変。

昨日は朝6時から出払い作業で広原の草刈り。帰ってから朝食を食べ、少し寝る。
夕方からは漁協の総会。やっと理事を辞めることが出来たが、今度は資格審査委員というのを仰せつかる。その後懇親会。
会場で少々飲んだ後、ヒデと水月で二次会。猟師のマサルさんに久しぶりに会う。元組合長の親方なども次々に来る。カウンターが一杯になったのでヒデと三次会に向かうも消防の操法大会の打ち上げや各種団体の総会などがあったようでどの店も貸切や団体が多く、富士見中の飲み屋を回ってやっと磯五郎に入れる。カミサンに10時頃迎えに来てもらい帰宅。

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梅雨時に色々と

先週から大工のハシさんとコバヤシさんが我が家の屋根の葺き替え前の下地作りに入ってくれている。昨年だかにハシさんとワタクシでルーフィング材を張ったままだったのだが、今回はその上にコンパネを張り詰め、再度ルーフィングを張り、後は屋根屋がガルバリューム鋼板を張るのである。なにしろ大屋根で200畳以上あるのだから大変である。また2つあった天窓は雨仕舞いを考え撤去してもらった。
梅雨時にかかり天気を見ながらの大作業である。

9日(日)上京。ムスコのところに泊めてもらい、夜はムスメも来て3人で焼肉屋へ。ムスコは新しく手に入れたクランポンのサックスを自慢しているが、なるほどヨーロッパ的音色。ムスコには合っている。ムスメはバンドに頼まれたフライヤー用のイラストに追われている様子。なかなかの出来栄え。小さい時から絵ばかり描いていたが面白いイラストを描くようになったものである。

10日(月)2時から湯島の高級中華料理屋で打ち合わせ。建物は完成しているのだが、施主のイタバシさんが気に入らないようで、新たな設計家であるニシカワ先生に手直しを頼んだとのこと。ニシカワ先生はかつて新小岩のクリニックでお世話になったのであるが、今回の手直しに関してワタクシの作品を使うことを提案して下さった由。先生は御年80とのことであるが、とてもそうは見えない若々しさのダンディー。伊万里焼きをモチーフとした作品を3〜5枚作ることとなる。                        この窓に入れる
続いて現在建設中のビルで、年末に外装が終わる末広町のケーキ屋とBARの打ち合わせ。こちらにも数枚のステンドを入れることになる。

打ち合わせが終わって大雨のなか、北千住のビストロにて、湯島の中華料理屋で出す料理の試食会。美味しい料理と酒に一気に疲れが出る。二次会のBARから三次会のBARへと続き、イタバシさんと別れた後、御徒町のホテルに戻る途中でツルツルのタイルに足を滑らせて転倒。左肩と右膝と唇を強打。ホテルに戻って唇を洗って寝たが、翌朝枕が血まみれになっていた。口の中も切れていて痛い。

11日(火)もう都はサンザンと早々にチェックアウトして帰って来る。

12日(水)朝から病院。皮膚科で首にいつの間にか出来た黒子?を見てもらう。予約は9時45分だったのだが1時間遅れ。悪いものではなく液体窒素で取ってくれる。一度帰って直ぐに今度は町の健康スクーリーニングへ。疲れる3日間であった。

 

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色々と

先月末、カワダさんが本郷高校山岳部OB2名と、都立大山岳部OBのコイケ・イッペイさん夫婦を伴って来宅。コイケさんは元全国農協のエライ人で、退職後に茅野の生家に戻って百姓を始めたとのこと。田圃の近くに植えてあった桑の木が大木となり、伐採したので良かったら薪用に分けて下さるとのこと。

先日散歩にナカムラ邸の方に行った折、奥さんからナカムラさんが背骨の圧迫骨折で入院中と聞き、お見舞いに。帯状疱疹がまだ治っていないうちの骨折でどうにも参ったとのこと。奥様は白内障の手術で3日から入院予定とのこと。

2日(日)。薪置き場の草刈りをカミサンが手伝ってくれたのは良いのだが、カミサン、ギックリ腰に。ドクトル・イタバシから電話。外神田で建設中の高級中華料理屋と末広町で作っているケーキ屋&バーにステンドの依頼。設計家のニシカワ先生と10日に打ち合わせと決まる。
3日(月)。昼にカミサンをカイロプラティッのエッチュウさんのところに連れて行って施術してもらう。午後、ナカムラさんに借りた軽トラでコイケさんの田圃に薪をもらいに行く。桑の木は楢よりも重い。軽トラの荷台一杯積み込む。夜は身体中が悲鳴をあげる。夜、山岳部OB会からメールで、元OB会長のマツダイラ氏が亡くなられたことを知る。マツダイラさんは10何代目かの松江城藩主。99年の現役の遭難事故時には大変お世話になった。半年に渡る捜索で滝壺の20mの雪の下から遺体を無事収容出来たのもマツダイラさんの統率力に依るところが大きかった。
4日(火)。午前・午後と2回薪運び。3時にはコイケさんが木陰に椅子とテーブルを運んで来てくれて、トコロテンとコーヒーをご馳走になる。山の話しなど。さすがに身体中が悲鳴をあげてている。カミサンもまだギックリ腰が痛む様子に「老後は夫婦ともこうなるのだ」と実感?
5日(水)朝イチで眼科。屋根の葺き替え工事にハシさんが今日から入る。

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山散歩

我が家にはステンド・パネルを何枚か入れてあるが、玄関ドア以外無色のものしか入れていなかった。リビングがちょっと寂しいので縦長の窓に色物を作る。どうせなら色々な色を入れた物にしようと、一昨年イタ飯屋に作ったデザインをちょっといじった物にする。作品名は『おもちゃ箱』。リビングがちょっと華やかになった感じ。

昨日午前中は内科。ドクトル・タニウチと相談して、さる薬を1錠飲み1ヶ月様子を見ることにする。

午後、異常な暑さだけれど湿度は低く気持ち良い快晴なので、少々山散歩に行くかとカミサンと西岳と編笠山の登山口となる高原スキー場から不動清水と杯流しに行く。風が爽やかで気持ちいい。不動清水は元々結構太い木々に囲まれた涼しい木陰に通年涸れることない清水が湧き出ている場所だったのだが、もう7〜8年前に大きな木々は切られ、ただの広場となっている。行政のやることはワカラン。一口不動清水をいただいた後、『杯流し』へと登る。『杯流し』は30〜40m続く1枚岩の樋のような大岩があり、その樋を水がゆっくり流れる様に『杯流し』と命名されていた場所であるが、台風の大水で埋まってしまっていた。話しには聞いていたがあまりの変わり様に驚く。普段は全く流れていない涸れ沢だったのだが・・・広くなった河原のあちこちに上流から流されてきたと思われる巨岩が不安定に残されていた。

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オスプレイ

昨日は前々日の内視鏡、検査の為か何となくお腹のシクシクが続いていて、立ちっぱなしで仕事するのはちょっとキツイ。カミサンが諏訪に買い物に出たいというので初夏の陽気に誘われて同行。食料品の買い出し後、昼食を摂ってからBookOffに。文庫100円コーナーをゆっくり見るが読みたい本は余りない。それでも5冊程買って帰る。

帰宅後ちょっと休んでからここ2日休んでいるウォーキングに出る。昨秋以来久しぶりに川沿いの別荘地を歩く。このコースはやはり八ヶ岳に向かって登っていくのであるが、八ヶ岳を仰ぎながら日陰のない舗装路を歩くコースと違って両側に木が生えており涼しいし、砂利道であるから足裏の刺激になって気持ち良い。ただ林道入り口まで歩いて行くにはちょっと遠く、入り口まで車で行くとちょっと物足りない点と、ミツバチの巣箱があるので熊に遭う確率が少々高いという難点もあるが、直射日光を避けられるし、木々の緑や秋の紅葉や川を見ながら歩けるという気持ち良さでは農道コースよりずっと気持ち良いのである。
林道終点にあるミツバチの巣箱手前からは時々「イェーイ・ヤッ」と大声をあげて熊に存在をお知らせしながら鉢巻道路の下までブラブラと登る。
Uターンして下り初めて直ぐにヘリの爆音が近づいてくる。大型ヘリが飛んでいるのかと思い空を見上げたら見慣れぬ機体。カミサンですらオスプレイと気づく。一機が通過後すぐに二機目の音。慌ててiPhoneを取り出しカメラを起動させて撮ったのが下記写真。丁度木の間で上手く撮れず。連写すれば良かったと気付いたのは後の祭。
飛行コースは八ヶ岳の編笠山方面から北に延びる八ヶ岳に沿って、鉢巻道路の丁度上空あたりを北上して行った。iPhoneを取り出すのに気を取られて国籍等は確認できなかったが、今まで発表されたアメリカ軍の飛行訓練コースは確か新潟から北信にかけてのはずだったのだが・・・

日常的に小学校の上空をオスプレイや戦闘機が飛ぶという沖縄の異常さを思う。

帰りにナカムラさん宅に寄る。ご主人は3ヶ月程前から帯状疱疹とのこと。2週間近く入院治療もしたが良くならず、色々な薬やマッサージを受けるも、今でも背中が痛いとのこと。医者には「1ヶ月で治らなければ1年、1年で治らなければ3年、3年で治らなければ10年」と言われたとのこと。ワタクシも一昨年、半田付けで使う薬品から来る急性副鼻腔炎になり、入院してのプレドニンの短期集中投与を受けて直ぐに右肩に出たが、直ぐに処方してもらった薬で2〜3日で治った経験があるが、まったく厄介な病気である。
別れ際に自家製の『わさび漬け』をいただく。ちゃんと酒粕を使ってのわさび漬けである。これを作るには根っ子も使うのでかなりのわさび畑が必要で、ワタクシもこれを作りたくて『我が家のわさび畑』を広げていたのであるが、昨秋の台風で半分が流されてしまって、また数年は作れないのである。

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