お別れ

西日本豪雨災害の余りの酷さ。確実に気象が変化してきているし、地震も相変わらず各地で続いている。

8日(日)、2日に入院中の病院で92歳で急逝されたクヌルプ・ヒュッテの故松浦壽幸氏の通夜が諏訪の斎場にて東京深川の雲光院の服部光徳住職によって執り行われる。カミサンと参列。東京や青森からもかつてのヒュッテの居候が集まる。

手術も終え、早く霧ヶ峰のクヌルプ・ヒュッテに帰りたいと病室で毎日スクワットも続けていたとのこと。お年にも関わらず最期までまるで惚けることなく、少なくともワタクシなんぞより記憶ははるかに確かで、いつも驚かされていた。

ワタクシが最初にクルヌプに行ったのは学生の頃であるからもう40数年前になるだろうか。そのうちにワタクシもこちらに住むようになり、偶に伺ったり、松浦夫妻が我が家を訪ねて下さったりであったが、25年程前には雲光院の檀家でいらしたことから、本堂の改築時にワタクシを住職に紹介して下さり、本堂天井ステンドグラスやお寺としては画期的なステンドグラスに囲まれた談話室に繋がったのである。
最近は年に1〜2回しか伺えず、クヌルプにもステンドをまだ1枚しか入れ終わっておらず本当に申し訳ない次第である。

通夜の後の食事の席では家具作家のハラさんや山中湖のトガシさんに何十年ぶりかでお会いする。

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大雨警報

「気象庁が梅雨入りと言ったから、晴天が続く」、「気象庁が梅雨明けと言ったから、大雨が降る」に習ってのここ数日の大雨。九州から京都、岐阜、長野と大雨警報や大雨特別警報が次々と発令され、各地で甚大な被害を出している。富士見町でも大雨・洪水警報が発令されていたが、サイワイなことに我が家の庭先の川の増水は大したことなく、既に引き始めている。

昨日はオウム真理教の死刑囚13名のうち、松本智津夫等7名の死刑が執行された。数々の謎や疑問点を残したまま、検察・司法・政府が一体となった執行、それも7名もいっぺんにというのは恐ろしい事である。

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オリイさんの小梅干し

関東甲信越、今年はもう梅雨明けとのこと。6月中に梅雨明けは初めてらしい。ワタクシは梅雨は嫌いなので嬉しいのだが、そうは言っても今冬は雪が少なかった上に雨も大して降ってもいないことを思うとまたぞろ水不足問題となるのは困ったことである。生活用水に困ったことはないが、農家は困るし、水田に水を取られるので川の水が減り、魚に影響するのである。

いい天気なので小梅干しに入っていたシソの葉を天日干し「ゆかり」の準備をする。この小梅干しはカミサンが指導しているコーラス・グループのオリイさんが毎年それこそ山ほど届けてくれる。もちろん自家製でこれが美味いのである。そもそもワタクシは梅干しはそれほど好きな食べ物ではないのであるが、このオリイさんの小梅干しだけは別である。酒のあてにもなるし、沢山入っているシソの葉を手巻きにして食べるのも美味いし、焼酎に入れても美味い。

また味噌作りの名人でもあり、我が家の味噌は一年中オリイさんからの戴き物であるし、無口だがいつもニコニコしているご主人の運転で時々沢山の野菜を届けてくれるのである。

細くて小さいオリイのオバチャンと出会ったのはもう40年以上前である。テントを張って手作りの家を建てていた頃で、炊事や林の中にポンと置いた風呂に使うLPガスを扱っている駅近くのガソリンスタンドで世話になっていたのである。ガスボンベを自家用車に載せて運ぶことが酷く悪いこととオリイさんは認識していたようで、なんとなくコソコソと売ってくれていたように思う。スタンドではいつもお茶とお菓子をご馳走になり30分ほどの会話を楽しんだものである。そのうちにガソリンスタンドの店舗移転に伴い、オリイさんとお会いすることもなくなっていたのであるが、15〜16年ほど前であろうか、カミサンが町のコーラスグループの指導を始め、オクズミなんてこの辺の苗字ではない名前だったものだから「ひょっとして」とカミサンにワタクシのことを確かめ、「まあ!」と懐かしがって訪ねてこられたのである。
なんでも当時ワタクシが独り身であったのでお嫁さんを世話しようと思っていたとのことで、今更言われてもとちょっと!と残念に思ったものである。
それ以来、カミサンを娘のように可愛がってくれ、ワタクシも何度かオリイさんの家に野菜を貰いに伺っているのだが、さる人によるとオリイ夫婦はどちらもこの辺の大地主らしく、う〜む、やっぱり結婚を早まったか!である。

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モラル

水曜日午後はカミサンのピアノ教室でウルサイ『がき』2匹が来る日。キャーとかウギャギャとかの騒音が拙いピアノの音に混じってアトリエまで響いてくるので、前々からこの時間は故ヨシユキさん宅に避難しているのである。ヨシユキさん宅へのこの避難時間におけるバカ話しはお互いにとって善き気分解放の時間であり、彼が昨年末に亡くなった後もシゲコさん相手に出来るだけ続けているのである。

一昨日は3週間ぶりくらいで訪ねる。シゲコさん、今年になってから肺炎で入院したり、先々週は孫からうつったウィルス性腸炎でダウンしたりと体力が落ちている様子。ヨシユキさんに掌を合わせた後、お互いの近況報告や相変わらずのバカ話など。
帰りがけ「良かったらこれ着てもらえない」とジャケットを頂く。素敵な色合いのイタリア製のラフな麻のジャケット。「普段からジャケットなんて買わない人だったけれど、これを見た時にどうしても欲しいと買ったのヨ」とのこと。着てみたら肩幅も袖もぴったり。形見として有難くいただくことにする。

昨日はデザイン、相変わらずすんなりとは描けずにイライラとしていたら、先日大腿骨を折って甲府の方の病院に転院して手術の終わったナカガワさんから電話。元気そうでリハビリをしている様子。

昨夜23時からはW杯サッカー、日本対ポーランドを見る。
プロスポーツであるし、W杯という4年に一度の大会で、ニシノ監督としては『勝つ』ことが義務として課せられることは重いことである。彼も自ら言っていたが究極の選択であったろうとは思う。が、しかしとやっぱりと思う。勝っているチームが残り1〜2分ボール回しをすることはよく見るが、負けているチームが10分もというのは・・・

『侍ジャパン』とか言っていたしなぁ〜。フェアーポイントを目指してのアン・フェアプレー。
ルール以前のモラルの問題か・・・

ひょっとしてルールも知らないのではないかと思われるようなサポーターがユニフォーム姿で「ちっともおかししくない!」とTVで言っていたが、これが逆の立場だったら激怒して「⚪︎⚪︎国は汚ねぇ〜」とか叫んで暴れているんだろうなぁと思う。

ただ思うのは、確かに以前よりは強くなったが、結局は日本の実力がまだその程度であったということでもある。

山の世界では過日、エベレストを単独・無酸素で登る過程をネットで同時配信するとしてコマーシャリズムに乗っていた男が、7400m地点で滑落死亡するという事故があったが、これもどうかなと思う。エベレストは過去7回やっていずれも失敗。8回目だかの今回は格段に困難な南西壁から狙ったようだが、数年前には指先9本を凍傷で失っていて、南西壁を登る力はなかったと言われていて、山岳界では「実力もないのに」と、すこぶる評判が悪いようだ。美談として語る人もいるようだが、コマーシャリズムに乗って、しまいに引くに引けなかったのであろうか。
登る過程をネット中継することで多くの人達に勇気を与えるのが目的と言って募金も募っていたらしいが、そういうの「なんだか安っぽいな」と思うし、それより彼を引き止める親友やスポンサーがいなかったのかと思うと悲しい。

山に登るなんて最も個人的な行為だと思うのだが・・・

かつて、故植村直己氏の山や冒険の資金を心配した政界・財界関係者が寄付金集めの講演会を企画したことがあったのだが、この講演の直後「ただそこに自分が立ちたいだけなのに恥ずかしい、悔しい」と号泣していたのを山の先輩が見て「彼は真っ当だ!」と言っていたのを思い出す。山に対するモラル、自分に対するモラルなど、植村氏や山野井泰史氏に比べ、エベレスト男は対極にいたように思う。

また両足義足の米国人がエベレストを狙いアタックを掛けるが、途中でまだ生きている人を助けずにそのまま見捨ててしまい批判の対象となったことがある。8000m以上には収容困難な遺体が幾つも放置されているが、生きている限り、自らの登頂を捨てても救助するということが山ヤのモラルとしてある。

日大アメフトもそうであるが、スポーツに於いても登山にしても、そういったルール以前のモラルがなくなってきていることは悲しいことであるし、見る者の感動を呼ばない。

まあ、一国の首相が平気で嘘を次々言い続ける時代であるから・・・

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とってもヘビーな2日間

ムスコのライブは17時半から地元のスナック『楽』の狭いステージで。ギターの細井徳太郎くんの友人のベースの柳沢くんや中川くんが長野や松本から応援に来てくれる。富士見トラッドジャズファミリー倶楽部主催ということでいつものメンバーやワタクシの友人などでほぼ満員。各自持ち寄りのご馳走にコイケさん差し入れのオールドパー・クラシックにワタクシのキープしていたハーパーに焼酎、ビール。

演奏はなかなかのもので、二人の息も合っていた。

演奏後の打ち上げも楽しく、酔っ払う。

10時前には我が家に泊まることとなった細井くん・柳沢くん・中川くんとを連れて帰ってくる。それからまたエンカイ。ワタクシは翌朝6時からの出払いに備えて2時前にはベッドに入る。

翌朝は5時に起き出したのだが頭はモーロー、体はグテグて。5時半に隣のフミアキくんが迎えに来てくれる。6時から鉢巻道路の草刈り。草刈り機で斜面を舐めるも足元がしっかりしない。それでも1時間少々で出払いを終える。

午前中、若者4人とコーヒーを飲みながらのオシャベリ。みな素直ないい若者達。

12時過ぎに、『楽』の横に停めておいたナカガワくんの軽自動車にギターやベースを詰め込み、若者3人は松本方面に帰って行った。

次は16時から漁協の総会。まだ二日酔いが残っている。今日で20数年勤めた漁協の理事を辞めることになり、ワタクシにとっては感慨深い総会。懇親会では親方(元組合長)や町長(元監事)、町職員として長く漁協を担当してくれたヒデ(現監事)などが労ってくれる。早々に親方やヒデと二次会に繰り出す。親方やヒデと飲むのが一番楽しい酒。ヒデが、現組合長がワタクシに何の挨拶もしないことに腹を立てている。
1時間半ほどで親方は帰り、ヒデと昨夜ムスコのライブをやってくれた『楽』に大福を持ってお礼に行く。
8時半頃にカミサンに迎えに来てもらって、ヒデを送ってから帰宅。

若者のエネルギーに出払い、総会、二次会、三次会と続き、さすがにバテバテでの二日間であった。

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