ヒデとエンカイ

一昨日はまだ少々身体がギシギシしていたが終日半田付け。夕方やっと『梅』が終わる。ダイヤモンド・ソーを使いまくりで、ちょっと所謂ステンドとは違うのであるが・・・

一昨日夕方からはヒデとアヤちゃんを招いてのエンカイ。先日の台風19号時に避難(エンカイ?)させてもらったお礼もあるし、日頃から世話になっているお礼でもあり、こちらもJAZZライブ後の興奮を収めるには丁度良い時期である。
カミサンは18日から上京予定だったが、JR・高速バス共に運休だったので丁度良い。気張って料理を作っていた。

ヒデとアヤちゃん夫婦は共に役場職員。ヒデはワタクシが漁協の専務理事時に、役場の農業委員会の次長として漁協を担当していたのだが、なんせ椅子に座っているのが嫌いな男。漁協の養魚池の草刈りや放流などの作業には役場職員が付き合ういわれはないのだが、いつも率先して作業に出てくれた。勿論上司とは上手くいかないのだが、そんなことは屁とも思わない、とにかく明るく義理と人情に厚い男であった。役場職員としても人望があり、最後は局長やっていて、数年前に定年退職したのだが、他の多くの定年退職組が嘱託として役場関係に残る中、キッパリと役場を辞め、やはり元役場職員だった従兄弟と組んで野菜の直売所を経営している。ここのトマトは絶品である。
ワタクシとは同じ集落であるが、集落の理事や副組合長をやり、来年あたりは組合長をやるのだろう。6年に一度の『御柱』では呼び方は知らぬが、所謂、大将である。背も高く、がっしりとした身体であり、ワタクシ同様ハゲであるから目立ち、TVの御柱放送では目立つ。
とにかく人望がある。ワタクシより3つか4つ下であるが、何時も気遣ってくれる。

そうそう、もう30年ほど前か、彼が家を新築した際には「オクズミさん、おらん家にステンド・グラスを入れてくれ」と頼まれた。彼の爺様は『裸石』という号を持つ日本画家であり、ヒデも体に似合わぬ美術好きでもある。
工事中の家を見せてもらい「ここに入れたい!」とトイレの小用と大用の2箇所の窓を選んだのだが「エッ、トイレ?」。「うんにゃ、毎日使うところなんだからここがイイ!。いかにもステンドとして自己主張するのは嫌だ。ひっそり、でもニンマリする場所がいい。」とトイレ2箇所に決め「デザインに関しては一切任せて欲しい」と言ったら「自由にやって!」と了解してくれた。当時、それまで作っていた作品とはちょっと違い、透明系の手焼きガラスと藍色一色のシンプルなデザインをやってみたく、以後数々作る同系統のデザインの最初の作品となった。代金は請求書より随分と多く振り込んでくれた。

アヤちゃんはすらっとした美人。役場の教育関係担当が長い。ハキハキしていて、話していて気持ち良い人である。物に動じない良い意味でのフテブテしさがあり、頼り甲斐がある。ヒデと町で遅くまで飲んで何度迎えに来てもらったことやらである。話していてカミサンとお互い年下と思っていたのが同い年ということが分かる。

久しぶりに楽しいエンカイとなる。
昔はよく町まで下って飲み屋でエンカイや飲み会をしたが、段々町まで下るのが億劫となってきた。まあ歳を取ったということであろう。

昨日は親方(ワタクシが漁協の専務理事時代の組合長)が「今年はマスを食ったかね?辛味大根いるかね?」と電話をくれて、持って来てくれる。
親方は爺様の代から続いた町の印刷屋を今年で廃業した。時代が変わり、役場の印刷物も自前が増え、また年賀状や名刺もパソコンで作れる時代、思い切って廃業した。御年85歳であるがここ10年ほどちっとも歳を取らない。頭は全くボケない。酒は相変わらず毎晩欠かさずに飲む。
お孫さんの結婚式が12日に鎌倉であり、13日はあの不通だらけの道を鎌倉から箱根新道経由で帰って来たという。タフである。

地元の人で何でも話せて信頼しているのが、親方とヒデである。

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田舎でJAZZライブ すったもんだの記 Vol.6

本日は18日。日付感覚がまだおかしい。

ここまで色々あった。
嫌な思いもした。でも来てくれた人がみんな喜んでくれて、やって良かった。

昨夜になって思い出し、慌てて線香を上げたのだが、10月13日は69歳でアッチの世界に行ったオフクロの誕生日であり、10月14日は命日だった。
オフクロのお陰で上手くいったのかな?アリガトウである。

昨日は午後になって漸く身体も動くようになり仕事再開。来月2週目に納入とあって焦らねば。

今回のライブの後、我が家に戻ってから林栄一氏と飲みながら話したのであるが、彼でも生活は大変だという。世界でも唯一無二と言われる音色を持つ彼でさえ・・・である。中学からサックスを始め、高校時代には大学ノート数十冊に音楽関係の覚書を書いていたという、日本のJAZZ界では誰よりも勉強したと言われる彼でさえ、である。

義兄は74歳になり、生化学?だかの客員研究員であるが、この度研究室が引っ越しとなったという。広い処に移るのかと思っていたら、国からの研究費がどんどん削られてしまい、今までは家賃を払って借りていた研究室の家賃が払えなくなり、大学のタダだが狭い研究室に移るのだという。それでも義兄はまだ年金を貰っているからマシだという。ドクター出の若い研究員の給料も出なくなり、たまたま彼は薬剤師の資格を持っているから昼間は薬局で働き、夜は研究室で無給で研究を続けるという。

この国はなんなのだろう。文化にも基礎研究にも金を出さず、搾り取った『アガリ』をもって文化国家だのノーベル賞だのと騒いでいる。
目先のカネにしか目が向かない政治なんて政治じゃない。

もうこの間の政治や文化や最近の表現の自由問題に関してはブログに書いているだけで血圧が上がるので書かずにいるが、ホンモノが報われない国である。

ま、国民も国民であり、ちょっと音楽を齧っただけでプロになったと思っている輩や、研究者としてはムノウなくせに出世ばかり考える輩ばかりであるから・・・

今回林さんや清水さんと話していて感じたのは『プロ』、それも本物の『プロ』ということである。前にも書いたが、以前、ライブ日程が決まり、清水さんから「全身全霊をかけて演奏させて頂く・・・」というメールを頂いた時、またライブ前日にJRも中央道も不通となり、長時間のドライブになってしまうと林栄一さんに伝えたところ、「大丈夫、行くよ〜ぅ」と二つ返事を頂いた時、本物のプロだと思った。慣れぬ早起きの上、狭い車で5〜6時間も座りっぱなしで身体中バキバキだったであろうに、着いた会場ではそんなことミジンも感じさせぬ演奏をする、お二人は正にプロである。

またお二人に接して感じるのは『感性』豊かなことである。景色や食べ物、人、それらに対する眼差しが素敵なのである。
たまたまカミサンが元プロ合唱団の歌い手であり、そっち関係の人と接する機会が多いのであるが、時々思うのである。「この人、本当に人前で歌っていいの?」「この人、本当に人前でピアノ弾いていいの?」と。ワタクシなんぞはオンチもいいところであるが、それでもやっぱり聴いていて「アレッ?」と思うことがある。ガサツなというか感性乏しい人がいるのである。そういう人に限って自信満々だったりするのであるから困るのである。

ま、先ほどはミドさんも無事東京に着いたとのメールがあり、これでひとまず今回のJAZZライブは終了である。

メデタシ・メデタシ!

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田舎でJAZZライブ すったもんだの記 Vol.5

16日。5時頃目覚めるが何処にいるのか暫く分からない。6時にバイトに行くムスコと一緒に出て7/11でコーヒーを買い出発。今日も八王子〜圏央道〜相模原〜20号経由〜大月で帰ることにする。

八王子手前の石川SAにて朝食。以後の運転を考え、カロリーを摂らねばとラーメンを食す。相模原で圏央道を出てからナビに従って走るが、通勤通学時間であるから混んでいる。ナビが示す抜け道は住宅街などの細い道だったりするが、従うしかない。
所々で小さな沢から土砂が押し出している。
休憩もせずに大月まで走る。初狩SAで休憩。SA脇から落ちた橋が見える。
10時半頃、漸く家にたどり着く。

こんなに疲れたのは何年ぶりかである。

でも終わった。やろうと決めてからも色々あり、その上に台風による交通遮断。
でも終わった!

カミサンもお疲れ様!

それにしても世界でも唯一無二の音色の林栄一氏、言葉では表現できないのだが優しい音色から激しい音色まで自由に弾きこなす清水くるみ氏が、この状況下で来て下さったことには感謝しかない。「無理でしょ」と言われても当然な状況下で本当に来て下さったのである。

林氏はサックスに関しては『巨人』とでも呼んだら良いのか?また人として、シャイであるが本当に優しい人である。ムスコも可愛がられている様子で、褒めてもらったり、叱ってもらったりと何時も見守って下さっているようで安心した。

清水くるみ氏は演奏の中に情景を思い浮かべられるようなピアノである。感性が豊かなことはドライブ中の景色を見たときの言葉にも現れていた。また本当に可愛らしい人であり、優しい人でもある。

このお二人のDuoは東京でもなかなか聴けないライブである。心からの謝意を表したいと思った。

あちこちからライブの感想のメールや電話が届く。やって良かった。

午後、ミドさんとサミーがお客さんの忘れ物を届けに来てくれる。会場を貸して下さったミドさんにも感謝!

身体中ギシギシである。夕方「鹿の湯」に浸かって身体をほぐし、帰ってマッサージ機に乗ったら寝てしまう。

夜、寝ようと思うが脳がまだ興奮している・・・

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田舎でJAZZライブ すったもんだの記 Vol.4

12日夜は台風19号での避難?、13日は家の片付けや葉っぱちゃんを迎えに霧ヶ峰、夜はJRも中央道も復旧していないことを知り、東京までのルート探し、14日ライブ当日の深夜01時にお迎えに出発、夜はライブと続き、日付感覚もなくなる。

で、15日。11時に清水くるみさんを小淵沢のホテルにお迎えに行き、林さん、くるみさん、葉っぱちゃん、ムスコ、カミサンと我が家で昼食。昨日ご夫婦で聴きにきてくれたサキュウさんが大量のジャガイモとサツマイモを掘って届けてくれる。くるみさんは「私は目の前に宝石を並べられるよりお芋!」と大喜び。ギャラをお渡ししたら「もうお芋で十分!」と大笑い。「じゃ、来年はお芋でお支払いします!」。

12時半、林さん、くるみさん、ムスコを乗せて出発。ルートは大月まで中央道、そこから東富士道路経由で御殿場から東名に出て、海老名から圏央道、八王子から中央道経由を選ぶが、大月手前でもう眠くて眠くて。ムスコが運転を代わろうかと言ってくれるが、ムスコの運転でこのお二人を乗せてはチョット!
大月手前の初狩SAで経路を調べたら、東富士道路が渋滞中。ではとYahooのカーナビで探したら、大月から20号を時々迂回しながらのルートで八王子まで結構早く着きそう。下道の方が眠くならないし・・・
大月から20号に入る。結構順調に走るが上野原を過ぎた辺りから時々渋滞。災害派遣の自衛隊やら救援物資を積んだトラックや、復旧用の鋼材などを積んだ大型トレーラーなどが続々下り方面を走っていて、すれ違い等で渋滞している様子。所々で押し出した土砂を片付けている。トイレや喫煙タイム、体操タイム(林さんはヘビー・スモーカーだし、ワタクシはここ数ヶ月1日10本もあれば済んだのだが、この一連の怒涛のような日々で復活?)を取りながら八王子を目指す。JAZZミュージシャンのあれこれ面白話を聞きながらのドライブとなる。
途中、仕事のクライアントから電話。「いつ頃納入出来ますか?」。今、一番聞きたくない言葉。

台風一過の晴天は13日だけで14日、15日とも降ったり止んだり。雨女のミドさ〜ん!
17時近くにくるみさんのお宅に到着。お芋を運んでお別れ。アリガトウございました!

次は巣鴨近くの林さんの家を目指す。Yahooのナビを使って都内を走るが、疲れているので慎重に・慎重に。18時半に漸く到着。愛猫何匹かが林さんのお帰りを待ちわびて玄関付近で待っていたのには笑った。また林さんから握手をしてくれる。本当に感謝・感謝でした。アリガトウございました。

今度はムスコの部屋に向かう。19時頃に到着。駐車場近くで、待ち合わせていたムスメに会う。もう話すのも歩くのも辛いほど疲れていて、ムスコの部屋の斜め向かいの中華料理屋に飛び込む。ビールで乾杯。ヤレヤレ緊張もやっとほぐれる。ムスコからは「トーサンありがとう!」。
ムスメは来週からインディーズ・バンドのスタッフとしてオーストラリアとニュージーランドのツアーに同行するので歓送会も兼ねることが出来た。途中ミドさんから電話。まだお互い興奮している。「来年もやろうネ!」。

ムスメと別れていつもの『上越泉』へ。バキバキになった身体をほぐす。『上越泉』のおばちゃんが「あらぁ〜オトーサン、台風大丈夫だったのネ」と喜んでくれる。もう常連?である。

ムスコの部屋に入るなりベッドに倒れ込む。

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田舎でJAZZライブ すったもんだの記 Vol.3


会場入り口にはミドさんの友人の鈴木さんが作って下さったフライヤーが迎えてくれる。鈴木さんは『リヒト』でのコンサートの企画や、フライヤーやパンフレットをいつも作って下さる方。まだお目にかかったことがなく、今日はお会い出来ると楽しみにしていたのであるが、交通網の遮断で残念ながら来られなかったのである。ただただ感謝!

どんどんお客さんが集まってくる。予約されていた方43名の内、交通の関係で来られなかった方は4名のみ。よく集まって下さったものである。

16時ちょっと過ぎに開演。ちょっとだけワタクシが「僕がこの田舎の地で聴きたい最高のサックス奏者の林栄一さんと、僕が今一番聴きたいピアノの清水くるみさんです」と挨拶。もう疲れて頭の中がカラッポで言いたいことの半分も言葉に出来ず。

始まった!もう林氏の一音を聴いただけで身体中から力が抜ける。ムスコが言っていたように一音で本当に涙が出てくる。凄い!凄い!くるみさんのピアノからは本当に「自由」な音が流れてくる。みんな飲むことを忘れて聞き惚れている。やったね!

林さんにしてもくるみさんにしても、普段は夜のライブ活動が主体で、昼夜逆の生活をされている方、朝早くから遠い迂回路を、それもフィットの狭い後部座席に3名で乗っていただいてクタクタだろうに、そんなことを全く感じさせぬ演奏が続く。

まだ1部なのに林さんがムスコを「本日のゲスト」と紹介してくれて、ムスコも参加し出す。到底林さんのような重厚な音色は出せないが、いい音色で若さのある演奏にちょっと驚く。ミドさんに香港のご主人から丁度電話が来て、電話を通して演奏を聴いて貰ったら、ミドのやりたいことが出来て良かったね、と言って下さった由。
一部が終わり、やっとみんなも落ち着き飲み出す。飲まなきゃJAZZは聴けない。それぞれが持ち寄った料理も長いテーブルに凄いご馳走がズラッと並んでいる。

休憩を挟んで二部が始まる。皆段々リラックスしてきて飲みながら楽しんでいる。ミドさんは興奮している。チャイコフスキーをフリーでやってくれる。拍手喝采!凄い!凄い!

聴き、飲むうちにやっと少し頭に血が回ってきた感じがする。

怒涛の2部も大幅に時間を延長して下さり、アンコール!アンコール!

終わって、シャイな林さんの方から握手を求めてくれる。ミドさんとはハグして成功を祝う。やったネ!

打ち上げは美味しい料理の数々と各種の酒で盛り上がる。友人達が次々「よくやってくれた!ありがとう!」「久しぶりに本物のJAZZを聴けた」「初めてJAZZライブを聴いたけど、JAZZって凄い!」と喜んでくれる。

そのうちにくるみさんがピアノを弾き、林さんがサックスを吹き出す。大盛り上がりである。くるみさんと話していて「駒井さんの名前は?」と聞かれたので「ミドさんだよ」と教えると「エ〜ッ、ミド!」と叫んでミドさんを引っ張ってきて「本当にミド?」。「私、ソミドって曲を作ったことがあるの!」とピアノでソミドやミドを何回も入れた曲を弾いてくれる。その内にどういうリクエストがあったものやらカミサンまで歌っている。

林さん、くるみさんに「あの〜、みんな来年もと言っているけれど・・・」と聞いたら「いいよ〜う!喜んで!」と言って下さる。ミドさんはそれを聞いて歓声を発している。
誰もが笑顔で楽しんでいる様子。ミドさんは「いつものピアノや室内楽のお客さんは東京からの人が多くて、打ち上げの最中に駅まで送ったりと慌ただしくて・・・こんな会をやりたかったの!ありがとう!」と喜んでくれる。

21時には片付けも終えて撤収と決めていたのだが、結局22時半頃にお開きとなる。椅子などを片付ける。タカシ君の奥さんが皿洗いを一人黙々とやって下さっていたことに気付き慌てる。感謝・感謝。

くるみさんをホテルまでお送りしてから、林さん、葉っぱちゃん、ムスコ、カミサンと我が家で二次会?ワタクシは意識がなくなりテーブルで寝ていたようだ。

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