この間も色々とあって

26日夜、石川県加賀市のミズイから「明日夕方に行く」と突然の電話。思い立ったらの人であるから仕方ない。
ミズイは大学の直ぐ近くに一軒家をタダで借りていて(奴に言わせれば人望があって?)、そこが梁山泊のようになっていた。そこそこの部屋数があったので住んでいる奴、酒を飲みに来る奴、果ては酔いつぶれたゼミ教授等々が押入れに積まれたチーズとパンの耳で生活していたのである。
ミズイ、卒業してから紆余曲折後、司法書士先生となり、京都からの帰りによく泊めてもらった。照明器具の注文をくれたり、京都での個展では一番大きな照明器具を買ってくれたりと世話になってもいる。

27日夕方、ミズイ到着。30年ぶりである。二人で一升半とビール飲み、バカ話し。翌朝は快晴。俄か登山家気取りのミズイくん、「どこか日帰り出来る山はないか?」とのことで「入笠山にでも行ったら今日は快晴だから富士山・南アルプス・北アルプス・八ヶ岳がぐるっと見えるぞ」と教えたら「登ってそのまま帰る」と、そそくさと出発。
午後は垂れ目のミニチュア・ダックスフンドのデザインに没頭。

カミサンいわく、「最近あなたの古い友人が次々と訪ねてくるけど、あなた、そろそろお迎えが来るんじゃない」。そう言えば昨年末の金沢のイッペイに始まり、北海道のヒラオ、山口のヤマト、石川のミズイと皆20年ぶりとか35年ぶりである。う〜む、そろそろワタクシもアッチの世界からのお呼び出し名簿に載ったようである。人の健康寿命なんていくら長寿になったといっても74〜75歳。ワタクシ、長生きなんてしたかないので、いつでも結構です。

 

29日。義母の火葬葬(火葬葬なんて葬儀屋が作った言葉?)で川崎へ。カミサンは11月3日の町の文化祭にコーラス指導やオカリナ指導でテンテコマイであるし、ワタクシも仕事に追われてテンテコマイであるので川崎は遠かったけれど日帰り。

・・・・・・・・・色々あって、夜、疲れ果てて帰って来る。

 

30日・31日とガラスや材料の足りない物の発注に追われる。ここ25年近くは作ってこなかった照明器具であるが、希林さんのオカゲか注文がくる。ちょっと嬉しくもあり、困ってもいる。
照明器具のガラス以外の部品の在庫を探したりでテンヤワンヤであった。

本日はもう11月。今年もあと2ヶ月。早い!
寝坊したので知らんが、今朝はかなり気温も下がりマイナス3℃以下であったようだ。久しぶりに庭を見回り、水道等、水廻りのヒーター全てのプラグを差し込む。
この辺では紅葉が始まっているが、今年の異常気象の影響もあってか、イマイチ冴えない。体も疲れているが、垂れ目のミニチュア・ダックスフンドのデザインがまだイマイチ納得できずに落ち着かない。

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お犬様の目ん玉から始まって・・・

人の良さそうな、もとい、『犬の良さそうな垂れ目』のお犬様のステンドの注文が舞い込み、四苦八苦している。抽象的デザインしかやってこなかったのに・・・オレ、やっぱり苦手。
絵も目の描き方一つで全く印象が変わるのだが、ステンドの場合はガラスであるからそうそう細かく作ることは出来ない。てなことを考えながらついついネットで政治屋の目を拡大したりして・・・。それにしても人相悪いのばかり!
ついでにも一つ書けば、決して目の笑わない人とはワタクシお付き合いしないことにしている・・・アシカラズ!

そんなことをやっていたらガザミが泳いでじゃなくて、キタハラさんが「おすそ分け」と届けて下さる。巨大なのを2杯も。しばらくガザミの目を観察したりして遊ぶ。ガザミの目ならそうそう難しくないな・・・次はガザミでも作って遊ぶか。

目ん玉話しついでに、ワタクシの左目の加齢黄斑変性はここ2年近く3ヶ月おきに検査を受けているが動きがないようで助かっている。動いたら直ぐに大学病院らしい。検査では瞳孔拡張剤を入れてからワタクシの目のデジタル化された巨大拡大映像なんぞを様々撮るのであるが、後が眩しいを除けばかなり面白い。
そう言えば胃カメラの動画映像もかなり面白い。胃カメラがどんどん進んで行く映像はかつて見た「ミクロの決死隊」そのものでワクワクするし、大腸スコープ動画映像も同様である。膀胱鏡検査や手術も見たいのであるが、ドクトル・フルヤは検査前や手術前に頼んでも見せてくれない。チョットケチである。

ついでに、も一つ病気自慢では最近は「耳鳴り」がだんだん酷くなってきている。今は「シャァー」というような高い音、蝉が森で鳴いているような感じである。この「耳鳴り」とは21歳の時に岩登り中の頚椎骨折事故以来で、かれこれ45年の付き合いであるからして、そう気にしていない。かつては頭の中でジェット機が飛んでいた時期もあるから45年間耳鳴りがあるのを常態としてきた。その内にジェット機が蝉の合唱団に変わり、トリオになりデュオになりソロになり、疲れた時にデュオになり・・・で、今はデュオかトリオが常態化しつつあるが、それを結構楽しんでもいる。

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色々ありヘコむ

23日にカミサンの母上が亡くなる。87歳、老衰死。夜、カミサン上京。
24日、二転三転した後、29日に火葬葬式を川崎で行うとの連絡が来る。
カミサンは明日はコーラスの練習があるとかで今夜戻るとのこと。

姉からの電話でヤマシタさんが亡くなったことを知る。彼女は姉の同級生で中学や高校の頃によく実家に泊まりに来ていた。その後大学で生物学を専攻、当時、東工大の講師をしていた動物行動学者の日高敏隆先生に可愛がられていて、最初はどういう経緯であったか学生だったワタクシも吉祥寺で一緒に飲むようになりワタクシも可愛がってもらった。その後日高先生は京大に移られ、確かヤマシタさんは北海道に行ったように思う。

疎遠になっていたが、ワタクシが35歳の時に京都で個展を開いた時に料理屋で日高先生と10年ぶりに再会、「日高先生!オクズミです!」と言ったら「おー!覚えてるゾ!」「飲め!飲め!」「ヤマシタに電話しよう!」「もしもし、山下、今京都でオクズミと飲んでるぞ!」と大騒ぎした。奥様はイラストレーターの後藤喜久子さんで一緒に個展にも来て下さり、またワタクシの大叔父が日本人のルーツ研究者の埴原和郎で、当時京都の国際日本文化研究センターにいたものだから「なぁんだ〜、お前埴原の親戚か、お茶屋遊び知ってるか?今度埴原と3人で行こう!」。その後埴原の叔父貴も個展に来て「おう、日高を知ってるんだってな!日高が今度3人でお茶屋遊びしようと言ってたゾ」と言ってくれたのだが各々の日程合わずにオジャンとなった。(残念ながらお茶屋遊びはオジャンとなったが、叔父貴から「綺麗どころを行かせるゾ!」と電話があり、個展会場にお茶屋の女将や芸妓さんが団体でやって来たのにはちょっと参った)

ヤマシタさんはアザラシの研究者と結婚し小田原に住んでいたようだが、7〜8年前にご主人をガンで亡くした後、東京に戻っていたらしい・・・
ニギヤカな楽しい人であった。日高先生との丁々発止が忘れられない。30年前に京都からの電話で話したのが最後となってしまった。
日高先生も埴原の叔父貴もヤマシタさんも樹木希林さんもアッチに逝ってしまった。
寂しいなぁ〜。

ムスコのバイト仲間の少年がバイト中に倒れ、脳梗塞で入院中とのことで、見舞いに行ったムスコを認識はしているらしいが、上手く話せないとのこと。根は真面目な子で、まだ19歳の定時制高校生だったという。8時間バイトした後に高校に通い、また家庭の様々なストレスを背負っていたという。何とか後遺症が残らずに治って欲しいと切に思う。

なんだか色々と続きヘコむ。

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出払いの朝

今朝は八ヶ岳鉢巻道路沿線の草刈り。朝6時50分集合とのことで6時半に車に草刈り機を積みエンジンを掛ける。フロントグラスが曇っていたのでワイパーのスイッチを入れるが動かない。「???」。ワイパーが壊れたのかと思って外に出てフロントグラスを触ってみたら凍っている。今朝は3℃位まで下がって寒かったが凍っているとは。慌てて解氷剤をスプレーする。
もう冬か!
1時間ほど草刈り機を掛けて常会の帳場の草刈りを終える。
これで今年の集落の全ての出払い作業を終えたことになる。

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秋の味覚

カミサンは義母が時々危篤になり東の都へ行ったり来たり。

先日は加賀温泉のミズイくんが大きなタコの浜ゆでを1匹送ってくれた。刺身にして足1本をカミサンと2人で食べたが腹一杯。美味い!

岩国のヤマトくんが栗を沢山送ってくれた。一晩塩水に浸けた後、冷蔵庫で保管しているがオーブンで焼きグリにしたのが美味い。
ウォーキングの途中で拾ってきた山胡桃。ウィスキー片手に金属製の胡桃割り機の柄が折れるのではと思うほど割るのが大変であるが、小さい奴でも美味い。

有り難い秋の味覚である。

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