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都へ

昨日は朝7時に出て都へ。隅田川の向こう側で以前使うったステンドの木枠の修理に行く。
途中1回の休憩を石川SAで取るが、中国人観光客がバスが次々と到着する度にどっと出て来て「ここは中国か?」状態。彼らはSA内でも数人のグループで移動するので中国語が飛び交う。トイレでもコンビニでも然り。挙げ句の果てコンビニのレジでは列を守らない。ワタクシの前に割り込んで来た中年の中国人に注意すると「へっ!」とか何とか言いながらワタクシの後ろに割り込む。後ろに並んでいた人が注意すると大きな声で何か喚きながら手にしたペットボトルをパン類の棚に放り込んで出て行った。
ワタクシには中国人の友人もいるし、中国にステンドを教えに行った事もあり、中国人に対して偏見を持ちたくはないが、あまりの傍若無尽ぶりには呆れる。

首都高は渋滞は平日程ではないがそれでも結構混んでいる。ジャンクションだらけで次々に合流して来るので、どの車線を走っていれば良いのか、昔は地図を膝に置いて走っていたが、今はナビのおかげで随分と楽になったものである。3時間半ほどで現場の動物病院に到着。10時開院であるがもう満杯状態。小学校から同級生の院長に挨拶してから木枠でぶら下げてあるステンドを外で修理する。

45度で付け合わせした4つのコーナーに隙間が出来ている。強度的には問題ないが、見た目が悪い。長い木ネジで締めても無理そうである。見た目はあまり良くはないが、木工パテで埋めるしかない。ホームセンターの場所を教えてもらい、TAXIでホームセンターへ。都会のそれほど大きくはないホームセンターだが、田舎に比べれば品数は豊富である。但し探していた色の木工パテは品切れでなく、少々明るい色のしか入手出来ず。ホームセンターを出たら正面にスカイツリーがあった。そういえば院長のマンションの窓から正面にスカイツリーで、それを隠す為のステンドを作ったことがあった。

病院に帰って木工パテを擦り込み修理完了。
13時半頃にやっと手の空いた院長と錦糸町駅前のベトナム料理屋に行き昼食。午後や夕方からは毎日のように手術があるとの事で、大体仕事が終わるのが9時頃との事。大変な仕事である。今度一度飲もうと約束して帰途につく。

帰りも結構混んでいる。石川SAなど満車。ようやく相模湖SAでトイレとコーヒー休憩。あとは飛ばして16時半には帰宅する事ができたが、日帰りの400Kmは辛くなったものである。

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明けましておめでとうございます

あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします

昨年も山あり谷ありであったが、新年を迎えた。もう所謂健康寿命を超えているのだからアッチの世界ももうすぐなのである。であるからそうそうメデタイなんて言ってもいられないというか、歳とともに「一年が短くなった」とよく言われるが、歳とって一年が長く感じられるのはちょっと困ると思うのである。ワタクシにとっては丁度良い長さであったように思う。
病気がちな両親であったから、昔から長生きすることは無いと思っていたのだが、今年は73歳になるので案外長生きしたと思ってもいるのである。

大晦日も暖かく、雪も降らずに気の抜けた感じの年越し。
元旦は大晦日の夜のライブを終えたムスコが朝イチの電車で朝8時過ぎに帰省してくる。
御節料理と雑煮。雑煮の餅は1個。正月には餅を沢山食べると言う人もいるが、ワタクシは餅は正月を通しても3〜4個である。
正月は特にする事もなく、TVはつまらないしで、結局ご開帳。
我が家の賭場は7ブリッジか9ブリッジである。4人なら7ブリッジ、3人なら9ブリッジである。もちろん賭けてはいない。
結局正月を通して7戦やってカミサン4勝、ワタクシ2勝、ムスコ1勝とカミサンの一人勝ちであった。今年もカミサンの尻に敷かれそう!

2日午後、ムスコと久しぶりに八ヶ岳に向かって登る農道を1時間ほど散歩。春のような暖かさに汗ばむほど。散歩から帰って、ムスコは背負ってきたサックスを気持ちよさそうに吹いている。東京のアパートでの練習では狭い防音室に閉じこもってであるから気持ち良いのだろう。

3日もノンビリ。夕食前に風呂に入り、ムスコは夜7時過ぎの電車で帰って行った。ゴクロウサン!

メルボルンのムスメから写真が送られて来る。年末にインフルエンザに罹り、寝正月だったようだがようやく回復した様子。ムスメのところは12月初旬から旦那Neddの姉の家の犬ラフィーを預かっていたのだが、コイツがワルもいいところで、ムスメ宅の愛犬ロトをちょっと可愛がると嫉妬心からかオシッコやウ⚪️チをカーペットの上にしたりともうメチャクチャぶりを発揮し、ロトに喧嘩をふっかけたりと大変な日々が続いていたのである。ロトにしたら10月から1ヶ月近くムスメ夫婦の来日の間は預けられ(Neddの友人の牧場宅で気の良い友犬もいて、それなりに楽しい日々だったらしいが)、ムスメたちが帰国して安心したのも束の間、今度は如何にも悪顔のラフィーを預かる事となって、一体どうなっているの?の日々であったのであるが、昨日やっとラフィーは姉宅に戻り、久しぶりに犬の覚醒剤?の鹿の骨を貰って安心した様子。(ラフィーに鹿の骨など与えたら、より凶暴になりそうで隠していたらしい)ロトにとってはこの先自分の人生はどうなるのかと心配の日々だったようだ。              ワルのラフィー                        ヤレヤレのロト

 

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今年も鬱の季節である

昨日はマイナス5℃程度でそれ程寒くはなかったのだが、昼間は薄曇りでウスラ寒い。
身体が鈍ってはいけないと来冬分の薪割りをする。

前に割った分は家の南側デッキに運んだので、薪を積んで置くパレットが空いた場所に積んでいく。
1時間半ほど割り、パレットに積む。楢の薪はスカーんと割れるので気持ち良い。いずれ乾かす場所を移動させるのでテキトーに井桁に積む。
それにしても1時間半割り続けても汗ひとつかかずに寒い。

雪が積もればそれなりに暖かく感じるし、その景色の美しさに心も和むのだが、冬前のこの茶色の時期は何年住んでも慣れない鬱の季節である。

午後、カミサンのコーラス仲間のキタハラさんが大根や白菜を持って遊びに来る。キタハラさんはチャキチャキの地元出身であるからこの富士見町の昔をよく覚えている。ワタクシもこの町に住んでもう47年であるから昔話に花が咲く。映画館があった事、風呂屋があった事、駅前に日通の大きな倉庫があった事、駅からちょっと下った所に寿司屋があった事などなどetc。またあそこは誰の親戚であるとか、何処の村の土地だったとか・・・
ああもう数年するとこちらに住むようになって半世紀かぁ・・・と言うより、もう後10年もしたらアッチの世界かと鬱の頭で考える。
早かったのか遅かったのか・・・

そうそう、昨日はカミサンが朝から出掛けていたのだが、10時頃にイエデンに無言電話。「もしもし?」と言っても無言で切れる。同じ番号からの無言電話が数分おきに2〜3時間、何十件も続く。無視したり、時々「もしもし?」と言っても無言で切れる。こりゃたタチの悪いイタズラ電話と無視を決め込み、夕方帰って来たカミサンにも「この番号から掛かって来ても出ないで」と伝えるが、その直後また電話が鳴る。ワタクシが出て「もしもし?」と言ったら聞き覚えのある90代のお婆さんで、昨年老人ホームに入られた方の声がいきなり話し始める。????。この声はカミサンのコーラスグループに数年前までいた方でワタクシも良く知っている方の声である。「昨日、今日と電話下さった?」と言っている。???カミサンに代わってもらったところ、「見知らぬ電話番号から何度か電話があったのだが、上手くスマホを操作できずにいたら切れてしまった。ひょっとして〇〇さんに何かあったのではと心配になって・・・」との事。どうもカミサンと数日前にやはりコーラスグループにいらした90代の〇〇さんが入院した話をしたので、その事が頭にあり、何かあったのではと心配になってしまったらしい。そこで私の家に電話をしたのだが、急に男のワタクシの声がするものだからビックリして直ぐに声が出なかったらしい。
先方もビックリしただろうが、こちらも悪戯電話ではないと分かってホッとした。
もうひつこい悪戯電話と思い、この番号を着信拒否として電話機に登録するところであった。

イエデンはカミサンのコーラスグループが楽譜などをFAXで送ったりするので残してあるが、ワタクシは最近は殆どスマホにしているので、イエデンが鳴ってもまずカミサン宛と思い出ないのであるが、これからはワタクシが取った時には気を付けようと思った。

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除雪機整備

過日、某君から聞いたのだが「昨冬、除雪中に除雪機が急に走らなくなり、坂道を押し上げて家まで帰り修理屋に連絡したら、数日後には来てくれたが、一旦店まで持ち帰り修理代に3万ナンボも取られた」との事。我が家の除雪機ももう20数年使っているが一度もベルト交換していない。そこでnetで調べたら自分でもまあ交換可能と分かった。Yahooで走行用と除雪用のベルト2本を4200円という純正品を注文したら翌日届いた。
YouTubeなどで交換方法を確認し、昨日昼過ぎから交換作業開始。

平な場所でないと難しいとのことだが、我が家の外では真っ平な場所などない。そこで玄関の中で作業することにするが、3段の外階段を登らねばならず、軽トラ荷台に乗せる為のアルミ梯子を使って2畳の玄関内に運びこむ。

先ずはカバーを外した後、オーガ(除雪部分)を本体から外すのであるが、これが大変。10本のボルトで本体に固定してあるが、内6本はメガネレンチが入らないような狭い場所、本体下部のどうにもやり難い場所などにも2本ある。このうち下部1本に関しては錆びついていて5−56を吹きかけてもどうにもレンチでは回らない。色々考えたが、人力では回せないし、下手にボルトの頭を潰したら大事である。そこで除雪機を一旦外階段の上まで動かし、玄関前のテラスとなった場所に片側のキャタピラーをテラス外にはみ出させるように斜めに停める。甚だバランスが悪いが、除雪機が下に落ちないギリギリの場所に微調整する。何とか電動工具が入りそうである。トルク・ドリルでボルトを外す。ヤレヤレである。また玄関内に動かし、すべてのボルトを苦労して外し、オーガ部分を本体から外す。

膝の手術をして以来、ずっとしゃがんでいるのが辛い。要らない小さなカーペットを敷いて尻をつけて座ったりと狭い玄関でなかなかの苦行である。

ベルトは走行用と除雪用とも外し、新しいベルトに交換するが、ここからが結構大変。ブレーキシュー用のバネが外れたりなんだりあり、また膝も痛く、昨日は夕方となってしまい交換終わらずに玄関に除雪機を分解したまま一晩置く。

今朝も交換作業。カミサンの手は小さいので狭い場所にボルトを差し込んで貰おうと思っていたが、アイニクと用事で外出。

この除雪機はHONDA製であるが、さすがに凄いと思ったのは本体にオーガ部分を差し込んだ時、10本のボルト位置がピシャと合うのである。
この辺りはさすがHONDA製というか日本製である。イタリア車などボルトを外して修理してから組もうとするとボルト穴が合わない事など当たり前らしいが・・・但し、ボルトを締めるのは大変。キャタピラーと本体の狭い間など、長い柄の平メガネレンチでも持っていなければ、なかなかいっぺには締められない。何とかラチェットレンチや柄の短いレンチなどを取っ替え引っ替えしながら組む。

途中仮止め状態でエンジンをかけ、走行・除雪フィン共に動くことを確認してからボルトを締め上げる。
結局昨日午後と今日の午前中かかって交換完了。

最新の機種なら少しはベルト交換作業も少しは楽になっているのかなと思うが、いちいち修理屋に頼まなくても、もう少し楽に出来るように設計して欲しいものである。

3万ナンボの交換料を稼ぐのは結構大変であったが、要領が分かったのでまあ次回は半分の時間で可能とは思うが、あと20年は生きていないし・・・

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スーパー爺ちゃんにスーパー婆ちゃん

午前中、ワタクシもカミサンもお世話になった方の家にちょっと贈り物をと思って行ったのだが、家の玄関に「ここは不在にしています。娘宅に連絡下さい」の貼り紙があり、高齢のご夫婦共に入院でもされたのか施設にでも入られた様子。

ではと、我が家の上流に住むナカムラさんのお宅に伺う。玄関先でナカムラさんの奥様が軽トラの荷台に乗ってポリタンからホームタンクへ給油中。「ウ〜ム!」。「手伝いましょう」と声を掛けるも「もう終わったから大丈夫」とひらりと荷台から降りる。相変わらずお元気である。かつて同様な場面に行き合い、「オクズミさんなんて若いんだし軽トラを持っているならこの給油ポンプを買って、自分で灯油なんて運ばなきゃ駄目よ!」と言われて以来、ワタクシもそれを守っているのである。「さあ、さあお入りになって」と家に上がらせてもらう。「オクズミさんですよ!分かる?」と奥様が声を掛けると「やあ、久しぶり」とご主人がニコニコとベッドから起きてくる。
今年は1〜2回訪ねたのだが、いつも午後だったのでご主人は昼寝中で、お会いするのは随分と久しぶりである。口の悪い?奥様は「もうオツムが呆けているんだから」と言うが、まるっきり呆けてなんかおらず、ニコニコと会話に加わる。お互いの近況報告などしあう。ご主人はもう7〜8年前だかに帯状疱疹となって、その痛みから眠れずに体調を崩されているのだが、ちっとも呆けてなんかいない。ご主人はもう直ぐ91歳との事。91歳なら元気もいいところである。
以前「僕はもう趣味はやり尽くしたし・・・」と言っていた事があるが、ラジコン飛行機(ドイツから実機の図面を取り寄せて何分の一かのラジコン機を作って飛ばしたり)、人を乗せて走る蒸気機関車を作ったり、鉄砲も釣りもJAZZピアノも弾くスーパー爺ちゃんだったのである。
奥様は84歳というが、広い庭の草刈り(なんと草刈機を使ってである)から軽トラでの薪原木運び、軽トラでの灯油運搬と、ナミのご老体ではないし、絵も描くし、お茶も続けているのである。こちらはスーパー婆ちゃんと言うより、まるで魔女であられる。
子供達も随分と可愛がってもらったのだが、「ダイスケ君は元気?モエコちゃんはオーストラリアで元気にしている?」などと名前まで覚えている。ワタクシなんぞ友人の子供の名前がなかなか覚えられないのだが・・・

しばらくご無沙汰してしまったので、何となく「呆けてしまっていたら嫌だな」などと思っていたが、元気元気な事に驚くと共に、「自分なんてとてもじゃないけれど、あんな元気な歳の取り方は無理だな」と思ってしまうのであった。

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