今朝からちょっと骨休めに・・・?
で、明日の午後には強制骨折?の荒技を受ける予定。
これから1ヶ月の我が家。
麻酔医の指導で昨夜45〜46年ぶりに剃った無精髭、カミソリ負けしてヒリヒリする。
先日、隣の別荘の解体があったのだが、今は更地となり、樹高20mを超える赤松や唐松などが残っているのみ。
昨日からは伐採屋が入り、回転式アタッチメントが付いた重機で倒れないように掴んだ木をチェーンソーで切ってはトラックに積める長さに切り、どんどん積んでいく。昨日夕方までに数十本立っていた木の2/3の程度が運び出されて行ったのだが、今朝からは大型クレーンが入って、昨日倒せなかった木を倒し始めた。
隣の別荘の敷地には我が家に来る電線やケーブルテレビなどの電線が通っているので、電線に引っ掛けないようにするにはクレーンで吊らなければならないのである。
今日も朝から異常な高温だが、アトリエのすぐ外の3台のチェーンソーの音に居た堪れずに見に行く。どうやってあの高い木を倒すのかと思ったら、一人がクレーンにぶら下がり、倒す木の上から1/3程度の所にワイヤーを掛け、降りて来てからチェーンソーで木をカットする。すかさず重機が近付いてきてアタッチメントで木の下から1/3あたりを掴み、後はクレーンのオペレーターと呼吸を合わせて地面に寝かせるのである。早い。プロの仕事である。見ていて気持ち良い1

年内には平屋の別荘が新築されるそうだが、高い木がなくなった分だけ八ヶ岳の見晴らしが良くなりそうでちょっと嬉しい。
昨日は観測史上最速での梅雨明けと発表される。
午前中、27年前に本堂天井や談話室にステンドを納めさせて頂いた東京深川の雲光院の住職が訪ねてくれる。3年ぶりくらいか。

雲光院は徳川の側室の阿茶の局の菩提寺という由緒あるお寺である。このお寺の新本堂・新客殿設計段階で本堂天井にステンドをという住職(当時は副住職)の希望から、副住職が当時よく行っていた霧ヶ峰の「クヌルプ・ヒュッテ」の主人で雲光院の檀家でもあった故松浦氏がワタクシを紹介して下さったのである。
お寺の本堂天井にステンドという大仕事にかなり戸惑ったものであるが、デザインは勿論、大きさもそれまで作った事のない大きさである。
そもそも仏教を知らないのであるから何冊かの仏教関係の本を図書館で借りて来て読み、副住職から色々と話を伺う中、「天空来迎」というモチーフがお寺側から示され、それを誰にでも理解できる、なるべくストレートなデザインにと段々と形にしていったのである。
また談話室に関しては、畳ではなく椅子と机、それも松本民藝家具を使うとのこと、また日本庭園的ではない雑木林が窓の外に見えることから、「外の景色を見る為のステンド」と勝手に決め、こちらに関してはワタクシのやりたいことを自由にやらせて貰ったのである。
当時のワタクシのアトリエは6坪という狭いものであったから、リビングも半アトリエと化し、そこいらじゅうガラスという生活が半年以上続いたものである。
そんなことから毎年のように訪ねて下さるようになった住職であるが、コロナやお互いの病気、最近はワタクシも訪ねていなかった間のあれこれ、あちこちのお寺で修行を積んだ息子さんが戻り、結婚もされて副住職となられた事、茶室が完成した事など色々話は尽きない。
また、ワタクシが膝の手術を受けることになったことから、京都護王神社の「足腰御守」と「座立亥串」、それにいつもの「今半の牛肉」を沢山いただく。
午後はカミサンと諏訪の街に入院用品の買い物に出かけ、ついでに車のエンジンオイル交換もし、帰りにイッペイさんの家に寄る。人工関節男のイッペイさんから「酒もタバコもない1ヶ月は辛いぞ」と脅されるが、「なに、この暑さの中、ちょっとクーラーの下での骨休め」である。黒柴の「山太」も元気。8月下旬に2〜3日預かる約束をして帰る。
夕食は今半の牛肉ですき焼きとする。
昔から素麺なる金魚の餌ごとき食べ物は嫌いであるが(冷麦はかろうじて許せるが)、梅雨とは思えぬ暑さの上、昨日ナカガワさんから頂いた「半田素麺」がある。で、昼食に戴くが、美味かった!「三輪そうめん」などとは別物。
ワタクシの頭の中では、前から好きだった「半田うどん」が先に来て、「半田素麺」は素麺と付くだけに食わず嫌いであったようだ。
で、ワタクシは言うのである。「素麺は半田素麺に限る」と。
とバカな事を考えながら半田素麺を戴いていたのだが、「アッ!」と思い出す。ムスメの帰国だか一時帰国に気を取られていて山椒の実を採り忘れていたのである。この辺に自生している山椒の実は例年6月20日前後に採らないと中の実が固くなって、食べた時の歯触りが悪くなるのである。
慌てて身体中に虫除けスプレーをかけてから腰ビクを下げてダリ散歩道に行くが、例年山のようになっている山椒の木が見当たらず、実が生っていない木がひょろりと立っている???
で、その先にあるもう1本の山椒の木の所に行くが、こちらも生っていない???うんにゃである。
ここ数年は以前に大量に仕込んだ「下処理した山椒の実の冷凍」を使っていたので、ダリ散歩道にあるこの沢山の実の生る木から採っていなかったのであるが、山椒の木が「性転換」したのか、はたまた誰かが実が沢山生るこの木を引っこ抜いて行ったのか???
仕方ない、庭のまだあまり大きくない山椒の木から採ることにするが、やはり少々実が入り過ぎている。
まだ幹も細い木だが500gほど採れる。
採ってきた実から「枝」だけ取り除き、「軸」は面倒臭いので付けたままよく洗い、4〜5分煮てから水に1時間ほど浸してアク抜きをする。ザルに揚げてキッチンペーパーで水分を取り除いたのが「下処理した山椒の実」で、冷凍保存しておけば料理に色々使える。
これを使って「山椒の実」の佃煮も作る。醤油と酒でコトコト煮て、最後に味醂を足せば完成である。これさえ作っておけば「昆布の佃煮」に混ぜても良いし、チリメンジャコに混ぜても良いし、鰯と炊いても美味いし。これは冷蔵保存しておく。
あとは「粉山椒」用を作る。「下処理した山椒の実」を耐熱皿の上に敷いたキッチンペーパーの上に並べ、電子レンジでチンして乾かすのである。カラカラになるまで何分かづつ様子を見ながら何回もチンするのが面倒臭いが、これを作って冷凍しておけば風味も辛味も結構強いのが出来る。使う分だけミルサーで挽かねばならないが、麻婆豆腐の美味いのが食べられる。鰻でも親子丼にでも遠慮いらずにかけられるし、ハウスだのSBなどよりよっぽど美味い山椒の粉が出来るのである。
20日。朝から町の健康診断。受付・便や尿検体の提出・体重・身長・心電図・医師の問診・血圧・採血など流れ作業で約1時間。
午後から地方事務所に行き、廃車したステップワゴンの自動車税3ヶ月分の支払い。帰りに角上水産にて「カツオ」を買って帰る。
21日。午前中からカミサンと諏訪中央病院に行き手術前の検査と主治医による手術説明、入院案内係による様々な承諾書や説明、麻酔医による麻酔に関する説明を受ける。麻酔医の女医さんから「お髭を剃ることは可能ですか」との問いに「はい、はい、何ら問題ありません」と答える。全身麻酔の挿管時に感染などの可能性があるらしい。40数年無精髭で通していたのだが、カミサンも髭のない顔を見たことないので笑い転げている。手術前の全ての説明を受け終わったらもう午後2時。昼食を摂ってから「幼なじみ」が送ってくれた「東の都」のパンを夕食にと、ブイヤベースの食材を買って帰る。
23日。昨日はムスメがオーストラリアに帰国?する日。朝イチで内科の診察に諏訪中央病院へ。血液検査、今週はこれで3回目。内科主治医のドクトル・タニウチから「まだまだ動ける歳。ヒアルロン酸注射より手術した方が良いと思うよ。あとはリハビリ頑張って」とのこと。急いで帰り、ムスメを小渕沢駅にカミサンと送る。あちらは冬なので大きな鞄を引きずってである。JALの成田からメルボルンへの直行便は夜8時過ぎなのでちょっと大変だが前泊せずに間に合う。
帰ってからカミサンはコーラス指導へ。ワタクシは当面のボイラー用の灯油や草刈機用のガソリンを買いに行く。JAに灯油の配達を頼むと、1Lにつき10円の配達料を取られる。我が家は600Lの貯蔵できるようになっているが、それだけで配達料6000円。それを年に何回か頼むと結構な出費である。軽トラさえあれば時々100Lか200L自分で運べば安上がりなのである。帰ってボイラーに灯油を入れ終わった頃、明野村の着物作家のナカガワさんから電話。「富士見に来ているけれどちょっとお渡ししたい物があるので」とのこと。長崎の小さな小さな「カステラ屋」さんが作った美味しいカステラと、「別冊 太陽」の「樹木希林のきもの」を届けてくれる。この本の中に「和室には、ステンドグラス作家の奥住春樹さんのランプシェードが掛けられている。30年以上前、無名の若者だった奥住さんの作品を気に入り、照明をオーダーした。シェードには[UCHIDA]の文字が刻まれている。」との文章と、2葉のランプシェードの写真が載っていた。
夜、ムスメから「今、やっと飛行機に乗った。隣の席は空いていてゆっくり行けそう」とのSMS。
24日。朝7時前にムスメから「無事到着」のSMS。やれやれ!
この数日の忙しさがやっと終わった。