遠方より友来る

山椒の実の天日干し。これで美味い麻婆豆腐が食べられる!

13日、ヤマト夫妻が山口県岩国から途中石川県の山中温泉経由で夕方やって来る。ヤマトは大学の同窓生。会うのは37〜8年ぶりである。奥さんのカズミさんとは勿論初対面。進学塾の先生を定年退職しての夫婦旅。11日に岩国を出て、山中温泉のホテルに2泊。石川県在住のミズイ夫婦、イッペイ、ムラタ夫婦、それに岡山在住のスエキ夫婦等9名がが集合しての宴会の後に我が家にやって来たのである。異常な高温に見舞われているが、それでも涼しくて空気が美味いと喜んでいる。飲んで騒いで04時、空が明け始めた頃に寝る。
14日。ヤマトは二日酔い。午後、車で近所を走るが生憎と八ヶ岳がかろうじて見える程度で、南・北アルプス、富士山とも雲の中。乙事神社に寄った後、日帰り温泉の鹿の湯で汗を流す。夜は続いてのエンカイ。ヤマトとは4年生の頃まではほとんど話したこともなかったのだが、学生の処分問題等でストに入っていた頃に自治会室に居合道のミズイと少林寺拳法のヤマトが突然学ラン姿で現れ、こちらは襲撃されるのかと身構えたのだが、「大学側がおかしい。今日からお前等の味方になる」と仁義を切ってきたのには驚かされたが、妙に気が合ってそれから一緒によく飲んだ。
卒業後2年ほどしてワタクシはこちらに手作りの家を建て始めたのだが、たまたま上京した時にバッタリと高田馬場でヤマトに出会った。彼は商事会社に就職していたのだが会社が面白くないという。「じゃ一度遊びに来いよ」と言って別れたのだが、1ヶ月もしないうちにやって来て、一晩だか二晩だか飲んだのだが「お前、そんなことしていて食えるんか?」と聞かれ「何とかなるさ」と答えたのだが、翌朝始発の電車を乗り継いで会社に行くはずのヤマトが起きてこない。9時過ぎに起きてきて電話貸せという。会社に電話して「私、会社辞めます」とか言っている。「おい、いいのかよ?」「ワシ、もうええんだワ!」。本当に会社を辞め、2〜3ヶ月後にはアフリカに1年程放浪に出たのである。その後、帰国し、岩国の実家に戻って塾のセンセとなり何と数学を教えていた由。

そう言えば、やっぱり我が家にやって来た翌朝に会社に電話して「辞めます」と言った奴がもう一人いたことを思い出す。

15日、ヤマト夫妻、これから妹の住む香川に行くと、11過ぎに颯爽とではなく、いささか疲れ気味で出発。

この数日、本州は異常な高温に包まれている。各地で38度だの40度だの言っている。西日本豪雨では既に200名以上が亡くなって、行方不明者の捜索が続いている最中である。地震に火山の噴火に集中豪雨に異常高温といよいよ地球滅亡の日が近づいているとしか思えない。人類の歴史なんて宇宙から見ればほんの芥子粒でしかないから仕方ないのであるが、徐々にではなくここ20年位か、余りに急激に変化しつつある時代に立ち会うことになったのは幸か不幸か・・・

カテゴリー: 未分類 | コメント / トラックバック: 0個

お別れ

西日本豪雨災害の余りの酷さ。確実に気象が変化してきているし、地震も相変わらず各地で続いている。

8日(日)、2日に入院中の病院で92歳で急逝されたクヌルプ・ヒュッテの故松浦壽幸氏の通夜が諏訪の斎場にて東京深川の雲光院の服部光徳住職によって執り行われる。カミサンと参列。東京や青森からもかつてのヒュッテの居候が集まる。

手術も終え、早く霧ヶ峰のクヌルプ・ヒュッテに帰りたいと病室で毎日スクワットも続けていたとのこと。お年にも関わらず最期までまるで惚けることなく、少なくともワタクシなんぞより記憶ははるかに確かで、いつも驚かされていた。

ワタクシが最初にクルヌプに行ったのは学生の頃であるからもう40数年前になるだろうか。そのうちにワタクシもこちらに住むようになり、偶に伺ったり、松浦夫妻が我が家を訪ねて下さったりであったが、25年程前には雲光院の檀家でいらしたことから、本堂の改築時にワタクシを住職に紹介して下さり、本堂天井ステンドグラスやお寺としては画期的なステンドグラスに囲まれた談話室に繋がったのである。
最近は年に1〜2回しか伺えず、クヌルプにもステンドをまだ1枚しか入れ終わっておらず本当に申し訳ない次第である。

通夜の後の食事の席では家具作家のハラさんや山中湖のトガシさんに何十年ぶりかでお会いする。

カテゴリー: 未分類 | コメント / トラックバック: 0個

大雨警報

「気象庁が梅雨入りと言ったから、晴天が続く」、「気象庁が梅雨明けと言ったから、大雨が降る」に習ってのここ数日の大雨。九州から京都、岐阜、長野と大雨警報や大雨特別警報が次々と発令され、各地で甚大な被害を出している。富士見町でも大雨・洪水警報が発令されていたが、サイワイなことに我が家の庭先の川の増水は大したことなく、既に引き始めている。

昨日はオウム真理教の死刑囚13名のうち、松本智津夫等7名の死刑が執行された。数々の謎や疑問点を残したまま、検察・司法・政府が一体となった執行、それも7名もいっぺんにというのは恐ろしい事である。

カテゴリー: 未分類 | コメント / トラックバック: 0個

オリイさんの小梅干し

関東甲信越、今年はもう梅雨明けとのこと。6月中に梅雨明けは初めてらしい。ワタクシは梅雨は嫌いなので嬉しいのだが、そうは言っても今冬は雪が少なかった上に雨も大して降ってもいないことを思うとまたぞろ水不足問題となるのは困ったことである。生活用水に困ったことはないが、農家は困るし、水田に水を取られるので川の水が減り、魚に影響するのである。

いい天気なので小梅干しに入っていたシソの葉を天日干し「ゆかり」の準備をする。この小梅干しはカミサンが指導しているコーラス・グループのオリイさんが毎年それこそ山ほど届けてくれる。もちろん自家製でこれが美味いのである。そもそもワタクシは梅干しはそれほど好きな食べ物ではないのであるが、このオリイさんの小梅干しだけは別である。酒のあてにもなるし、沢山入っているシソの葉を手巻きにして食べるのも美味いし、焼酎に入れても美味い。

また味噌作りの名人でもあり、我が家の味噌は一年中オリイさんからの戴き物であるし、無口だがいつもニコニコしているご主人の運転で時々沢山の野菜を届けてくれるのである。

細くて小さいオリイのオバチャンと出会ったのはもう40年以上前である。テントを張って手作りの家を建てていた頃で、炊事や林の中にポンと置いた風呂に使うLPガスを扱っている駅近くのガソリンスタンドで世話になっていたのである。ガスボンベを自家用車に載せて運ぶことが酷く悪いこととオリイさんは認識していたようで、なんとなくコソコソと売ってくれていたように思う。スタンドではいつもお茶とお菓子をご馳走になり30分ほどの会話を楽しんだものである。そのうちにガソリンスタンドの店舗移転に伴い、オリイさんとお会いすることもなくなっていたのであるが、15〜16年ほど前であろうか、カミサンが町のコーラスグループの指導を始め、オクズミなんてこの辺の苗字ではない名前だったものだから「ひょっとして」とカミサンにワタクシのことを確かめ、「まあ!」と懐かしがって訪ねてこられたのである。
なんでも当時ワタクシが独り身であったのでお嫁さんを世話しようと思っていたとのことで、今更言われてもとちょっと!と残念に思ったものである。
それ以来、カミサンを娘のように可愛がってくれ、ワタクシも何度かオリイさんの家に野菜を貰いに伺っているのだが、さる人によるとオリイ夫婦はどちらもこの辺の大地主らしく、う〜む、やっぱり結婚を早まったか!である。

カテゴリー: 未分類 | コメント / トラックバック: 0個

モラル

水曜日午後はカミサンのピアノ教室でウルサイ『がき』2匹が来る日。キャーとかウギャギャとかの騒音が拙いピアノの音に混じってアトリエまで響いてくるので、前々からこの時間は故ヨシユキさん宅に避難しているのである。ヨシユキさん宅へのこの避難時間におけるバカ話しはお互いにとって善き気分解放の時間であり、彼が昨年末に亡くなった後もシゲコさん相手に出来るだけ続けているのである。

一昨日は3週間ぶりくらいで訪ねる。シゲコさん、今年になってから肺炎で入院したり、先々週は孫からうつったウィルス性腸炎でダウンしたりと体力が落ちている様子。ヨシユキさんに掌を合わせた後、お互いの近況報告や相変わらずのバカ話など。
帰りがけ「良かったらこれ着てもらえない」とジャケットを頂く。素敵な色合いのイタリア製のラフな麻のジャケット。「普段からジャケットなんて買わない人だったけれど、これを見た時にどうしても欲しいと買ったのヨ」とのこと。着てみたら肩幅も袖もぴったり。形見として有難くいただくことにする。

昨日はデザイン、相変わらずすんなりとは描けずにイライラとしていたら、先日大腿骨を折って甲府の方の病院に転院して手術の終わったナカガワさんから電話。元気そうでリハビリをしている様子。

昨夜23時からはW杯サッカー、日本対ポーランドを見る。
プロスポーツであるし、W杯という4年に一度の大会で、ニシノ監督としては『勝つ』ことが義務として課せられることは重いことである。彼も自ら言っていたが究極の選択であったろうとは思う。が、しかしとやっぱりと思う。勝っているチームが残り1〜2分ボール回しをすることはよく見るが、負けているチームが10分もというのは・・・

『侍ジャパン』とか言っていたしなぁ〜。フェアーポイントを目指してのアン・フェアプレー。
ルール以前のモラルの問題か・・・

ひょっとしてルールも知らないのではないかと思われるようなサポーターがユニフォーム姿で「ちっともおかししくない!」とTVで言っていたが、これが逆の立場だったら激怒して「⚪︎⚪︎国は汚ねぇ〜」とか叫んで暴れているんだろうなぁと思う。

ただ思うのは、確かに以前よりは強くなったが、結局は日本の実力がまだその程度であったということでもある。

山の世界では過日、エベレストを単独・無酸素で登る過程をネットで同時配信するとしてコマーシャリズムに乗っていた男が、7400m地点で滑落死亡するという事故があったが、これもどうかなと思う。エベレストは過去7回やっていずれも失敗。8回目だかの今回は格段に困難な南西壁から狙ったようだが、数年前には指先9本を凍傷で失っていて、南西壁を登る力はなかったと言われていて、山岳界では「実力もないのに」と、すこぶる評判が悪いようだ。美談として語る人もいるようだが、コマーシャリズムに乗って、しまいに引くに引けなかったのであろうか。
登る過程をネット中継することで多くの人達に勇気を与えるのが目的と言って募金も募っていたらしいが、そういうの「なんだか安っぽいな」と思うし、それより彼を引き止める親友やスポンサーがいなかったのかと思うと悲しい。

山に登るなんて最も個人的な行為だと思うのだが・・・

かつて、故植村直己氏の山や冒険の資金を心配した政界・財界関係者が寄付金集めの講演会を企画したことがあったのだが、この講演の直後「ただそこに自分が立ちたいだけなのに恥ずかしい、悔しい」と号泣していたのを山の先輩が見て「彼は真っ当だ!」と言っていたのを思い出す。山に対するモラル、自分に対するモラルなど、植村氏や山野井泰史氏に比べ、エベレスト男は対極にいたように思う。

また両足義足の米国人がエベレストを狙いアタックを掛けるが、途中でまだ生きている人を助けずにそのまま見捨ててしまい批判の対象となったことがある。8000m以上には収容困難な遺体が幾つも放置されているが、生きている限り、自らの登頂を捨てても救助するということが山ヤのモラルとしてある。

日大アメフトもそうであるが、スポーツに於いても登山にしても、そういったルール以前のモラルがなくなってきていることは悲しいことであるし、見る者の感動を呼ばない。

まあ、一国の首相が平気で嘘を次々言い続ける時代であるから・・・

カテゴリー: 未分類 | コメント / トラックバック: 0個