晩春だか初夏だか

晩春だか初夏だか分からぬ季節。朝晩は寒くてストーブ。

田んぼには水が張られ、ハウスの中では菊やカーネーションの茎が伸びている。

10日には白かった八ヶ岳も14日にはすっかり融けていた。

10日。まだ阿弥陀岳は白い。

14日。すっかり融けて。

さて昨15日は10日の内科に続いて泌尿器科。
先日の『靴崩壊』の件があるので恥ずかしくて足早に泌尿器科へ。
今日は内視鏡検査がなく問診だけであるから気楽なのであが、診察室のドアを「アラッ、こんにちは」と言って開けてくれた看護師(婦)さんが、かつては耳鼻科にいて、ワタクシがこの大きな病院で一番ステキと思っている看護師(婦)さんであったのに、ドキッ!。かつてムスコが小学生の頃に耳鼻科に通っていた時にとても親切にしてもらい、またワタクシが一昨年に半田付けに使う薬品から急性副鼻腔炎になり、耳鼻科に緊急入院した折もお世話になった人で、すれちがったりする時にはいつもニコニコと挨拶してくれる人なのである。異動で変わったのか、はたまたこの日だけなのか?
まあ、診察室付きの看護師(婦)さんと内視鏡検査室付きの看護師(婦)さんとは、今までの例では違う看護師(婦)さんであるが・・・いずれにしろ男としては泌尿器科ではあまりお目に掛かりたくない看護師(婦)さんなのである・・・

帰りに調剤薬局で時間がかかりそうなので、コーヒーでもご馳走になろうと病院近くのカトウさん宅を久しぶりに訪ねる。何でもシュウジさんのお母上が93歳で亡くなり、岐阜での葬儀や49日の法要を終え、また家の片付けなどをして昨日岐阜から帰ったばかりとのこと。長く住んだ家の片付けが如何に大変だったかとの話題に。ワタクシもそろそろ断捨離・終活を始めねば!

それにしても今年は春になってからの気候の変化がめまぐるしいのか、お年寄りには厳しい様子。

今朝は山岳部の大先輩、サエグサさんが105歳でお亡くなりになったとの訃報。昭和7年に谷川岳に今でも使い続けている山岳部の山小屋『虹芝寮』を、10代でありながら資金調達、土地選定から土方仕事までしながら建てて下さった方であった。

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天中殺か?

今日は内科の日。朝飯抜きで病院へ。血液検査の結果が出るまで30分ほど待たねばならぬ。コーヒーを飲みに行ったりした後、内科に戻り血圧の測定器の処まで行った時に何やら足元がおかしい。「???」。足元を見たら右足の革靴の底がおかしな形になっている。靴底と足を覆う革靴が分離してスカートのように広がっている。「ヤバイ!」。底の発泡ゴムが崩壊し始めている。ゴム底の加水分解である。

ネットで拾った崩壊写真写真。これより酷かった。

ワタクシの履いていた靴は赤茶のシボ革で7〜8年ほど履いていた気に入っていた靴なのであるが、歩く度にボロボロと黒い5mm〜1cmほどのゴムが崩壊して、カーペットの上をまるで川のようにワタクシの後をついてくる。ベンチに座って思案する。山靴の底の加水分解は見たことがあるが、まさかカジュアル・ブーツで!取り敢えず売店まで行きサンダルでもと思い、黒い川をお供に売店までたどり着くが、生憎男性用は売り切れ!仕方ない、病院でスリッパでも借りようと受付まで歩くが、途中で靴の中敷まで落ち、靴下で歩いている状態である。おまけに悪いことに左足まで違和感。見ると左足の靴底まで崩壊し始めている。
受付まで行って事情を話したら救急外来に行けばスリッパがあるとのことでもう靴下状態でたどり着く。そこの受付のオネーさんに事情を話したら立ち上がってワタクシの足元を見て目が点になって、黒い川を見つめ、次に笑いながら「今スリッパをお持ちします・・・そこのベンチに座って・・・」。直ぐにスリッパとビニール袋を持ってきてくれたので、スリッパを履き、ビニール袋に赤茶の革をしまい、黒い川を拾って歩こうと思うがとてもじゃないが手で拾えるもんじゃない。うまい具合に掃除の人がいたので事情を話し、歩いて来た道順を伝え、掃除機での回収を依頼。今や赤茶のただの革となった靴の始末もお願いする。次はカミサンに電話して靴下と代わりの靴を持って来てくれと伝える。
内科に戻ったらちょうどドクトル・タニウチに呼ばれる。HbA1Cは少し改善していてこのままウォーキングを続けてとのこと。前回の胃カメラの直視では見られなかったピロリ菌も検査結果としてマイナスと出ていた。その後動脈硬化度検査を受け、会計に行ったらカミサンが靴と靴下を持ってきてくれていた。

調剤薬局は混んでいたので、処方箋を出してからカミサンと諏訪へ昼食と買い物に。お詫びに久しぶりにニンニクぎとぎとの味噌ラーメンを奢り、薬をもらって帰って来る。ヤレヤレの病院であった。

後で靴の写真を撮っておけばよかったと後悔するも、その時はもう恥ずかしくてそれどころではなかったのである。

夕方、火災保険屋がタカだかワシが割ったガラスの写真を撮りに来る。

まったく窓ガラスに靴にと、ツイテいない。まるで天中殺である。

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鎌倉へ

5日(土)。朝イチのあずさで高円寺のムスコのところに行き、喪服に着替えて鎌倉の叔母の葬儀へ。湘南新宿ラインが出来たので鎌倉も近くなったのであるが、GW中ということで凄い人。駅から数分のカソリック教会へ。オクズミは親戚が極端に少ないのであるが、10数年ぶりに従兄弟のタケシくん、30数年ぶりにまりさんと会う。

叔母とは一昨年に会ったのが最後で、今年は暖かくなったらお見舞いにと1ヶ月ほど前に約束していたのだが、果たせぬままであった。
89歳と、オクズミとしては大往生と、明るく見送る。

火葬場から長谷の家に行き、一休みしてからタケシくん、まりさんの家族と近くの華正樓にて夕食。タケシくんの3人のお嬢さんや、まりさんの2人の息子さんとは初対面であったが、皆大らかで気持ちの良い人達ばかり。

オクズミで次にアッチに逝くのは確実にワタクシであろうから、オクズミで集まるのもこれが最後かなと思う。

タケシくんは6日夕方にはアメリカ出張。まりさんの長男は任地のジャカルタに、次男は沖縄に戻るとのこと。さすが叔母さんらしい気遣い?

22時半頃に高円寺に戻り、ライブが相方の体調不良で中止となったムスコと銭湯へ行き、帰りにちょっと飲み屋にてビールを飲む。

6日(日)。風邪気味のムスコとのんびりする。夕方銭湯へ行き、近くの中華料理屋にて軽く飲み、8時過ぎには寝る。

7日(月)。ムスコを送り出してから、9時半のバスにて昼に帰ってくる。

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損害賠償請求するゾ!

アトリエにいたら「ガシャーン」という大きな音。続いて「大変よー!」とのカミサンの声。何事かとリビングに行ったらデッキに通じる掃き出しの二重ガラスの外側のガラスが割れている。てっきりデストロイヤーことカミサンが割ったのかと思ったら「大きな鷹だか鷲だかがぶつかった」とのこと。ぶつかった鷹だか鷲だかはちょっとふらつきながら庭先の川の対岸に飛んで行ったとのこと。もぅ〜、いくらワタクシがガラス相手の仕事しているといっても、サッシの二重ガラスの修理なんぞはできない。おまけに今はGW中である。内側のガラスは大丈夫だったのが救い。これが真冬だとちょっと怒ったが。
割れたガラスを片付けてから対岸を見に行くが鷹だか鷲は既にいなくなっていて、請求書を渡せなかった。
今までにもヤマドリの幼鳥やアカゲラ、その他の小鳥らがぶつかって、時にはお亡くなりになってきたが、ガラスが割られたのは初めてである。まあ、彼らのテリトリーにガラス窓なんぞを配した家を建てる方が悪いのかもしれないが・・・

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GW

娑婆はGWであり、観光地の端っくれのこの町でも何かとザワついているのでなるべく外出をしないようにしていたのだが、帰省中のムスメの免許更新などもあり5月1日は塩尻に行く。免許センターの駐車場のカラーコーンから根性タンポポが顔を出している。花は既に散ってしまっていてちょっと残念。
夜、叔母が亡くなったとの知らせ。オヤジの弟の奥様。暖かくなったら会いに行くからと約束していたのに果たせずに残念。

昨2日は山岳部の1年先輩で帯広郊外の芽室で酪農をやっているヒラオさんが姉の納骨のために夜来宅。午前中に息子さん(札幌で働いているとのこと)に慌ただしく手ほどき?して飛行機に飛び乗った由。ヒラオさんと会うのは奥さんの葬儀に芽室に行った時以来であるから21年ぶり。ちっとも変わっていなかった。夕食を食べながら酪農のことを色々聞く。人手不足で現在では搾乳ロボットを使って彼一人で130頭の牛の面倒を見ているとのこと。搾乳ロボットでの搾乳の状況がタブレットに送られてきていて、それを見ながら息子に指示を出している。現代の牛飼いはハイテクである。
今朝は9時時過ぎに富士見駅にて甥御さんと、八王子から始発で到着した坊さんと待ち合わせ。ヒラオさんは富士見発12時過ぎの電車の切符を購入している。夕方の飛行機で帰るとのことで、牛飼いは休む間もないのである。

従兄弟から叔母さんの葬儀日程が届く。明後日13時から鎌倉の教会でとのことで、GWじゃ特急の指定席などとても取れないので始発の鈍行で行くことにする。姉はご主人の叔母さんの葬儀と重なった由。こういうことは重なるものである。

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