今日も爽やかな晴れ。仕事場にいい風が吹く。
絵付けをしながら窯を焚く。小さなライトボックスでは作業がしにくいので、普段ガラスの色見に使っているレントゲン用のライトボックスを壁から外して使う。
このライトボックス、もう何十年前だかにヨシユキさんの友人の個人病院だった実家を壊す時に貰ってきたものである。病院を壊すなら面白そうな物もあるだろうと、Pチャンのボロ1tトラックを借りてヨシユキさんと都に行った。天井板や床板、薬品棚や家具など満載し、ふざけて白衣に聴診器をぶら下げての中央道の帰路、小仏トンネルに入ったところで急にハンドルが取られる。ブレーキも効かぬ。助手席のヨシユキさんに左前輪を見てもらったら煙と火花が出ているという。ハンドルが取られて真っ直ぐに進むのも大変である。トンネル内の非常駐車帯にはとても止めることは出来ず、ハザードを点け、クラクションを鳴らしながらヨロヨロと走り、トンネルを抜けた処の路側帯にかろうじて止めることが出来た。タイヤはバーストして無くなり、鉄ホイールで走ってきたのでホイールは変形して凄い熱さである。暫く冷やすしかない。白衣を着て山積みの荷物を載せたボロトラックの脇に佇む青年2人はどうみたって精神病院からの脱走患者である。脇を通る車の運転手達はみな目が点になっていた。30分だか1時間も待ってやっと冷えたのでジャッキ・アップしようとするがホイールの熱でアスファルトが溶けてめり込んでいてなかなかジャッキを入れられない。解体してきた木材等を使って何とか持ち上げてタイヤ交換する。帰ってPチャンにバーストしたことを伝えたら「そうか、再生タイヤはやっぱり怖いね」とのこと。あの頃は再生タイヤなんてものもあった時代である。てなことを思い出しながら絵付けをやりながら2窯焚く。むぅ、思い通りの色が出ていない・・・
難しい
寒っ!
昨夜は寒かった。掛け布団(夏冬兼用なのだが)1枚では寒く、かといって毛布を引っ張り出すのも面倒臭いので丸くなって寝ていた。今朝起きたら腰が痛い。ムスコの部屋のクーラーの下で寝ていたのがそもそもいけなかったし、ドトールで1時間半、バスに3時間座っていたのも効いたのだろう。都会人のような進化にはほど遠いのである。
高原らしい爽やかな朝、腰をいたわりながらダリ散歩に出る。『姥桜=ウバザクラ』が一斉に咲き出している。

前にも書いたがどうもこの花は好きになれぬ。可憐さを『姥』に求めるのはそもそも間違いであるが、アッチムイテホイのように八方美人的なところも気に食わぬ。おまけに日陰に咲くのも何となく・・・同じ日陰者でも『一人静=ヒトリシズカ』のような可憐さがあるなら・・・
ムスメのノート・ブックがいよいよ遅くなったので新しいのを、とネットでApple Storeを調べる。大体に於いてワタクシがパソコンを買い換えると暫くして新しいモデルが出る。今回はそのテツを踏まないようにとイイジマくんに電話する。イイジマくんは諏訪に住む設計士である。パソコン、それもMacに強い。「もしもし、ムスメのMac Bookを買い換えたいんだけど、どれがいいかな?」と聞くと「あはぁ、タイミングいいですね。今夜新しいモデルが発表になりますよ。値段なんて変わらずにスペックが上のが出ると思いますよ」とのこと。何というタイミング。これは宝くじも当たるかな。暫しパソコン談義。「ワタクシのiMacも最近遅くて」と言ったら、「何年使ったんですか?」「4〜5年くらいかなぁ、Core 2 Duo、だけど」「Core 2 Duo、そりゃ旧いや」とのこと。「最近のはiCloudがもっと使いやすくなって・・・」「ナンタラカンタラがナンタラカンタラになって・・・」「オクズミさんだったら山に行くのにiPhoneは電池が保たないのでガラケーのままにして、プレゼンにはiPadを使って・・・」と色々と教えてくれるが、本当のところ、話しの1/3も理解出来ぬのである。
都会人の進化にも追いつけないワタクシには遠い世界のことのように思える。だってiCloudに世界中の人がファイルを置いても大丈夫なんてことがあり得るのが分からない。要するにどでかいハード・ディスクが一カ所にある訳で、それがネットで結ばれている訳?
それが壊れたらどうなるの?
「まあ、今度買い換えたら設定をお願い!」である。
地獄
一昨日は06時過ぎのバスに乗り東の都へ。隣の席に座っていた内藤陳をいかがわしくしたようなオッサン、小荷物入れにコーヒーの紙コップ、くしゃくしゃにした新聞などを突っ込んだまま終点の新宿で降りようとするので「忘れ物ですよ」とご注進申し上げたら、「うるせー!」と振り返ってのたもうた瞬間、前の人の足にでも引っ掛かったか転倒。後席の若者に「ギャハハ!」と笑われ、紙コップと新聞紙を引ったくるや乗客を押しのけるようにして逃げて行った。持ち込んだゴミなら持って降りろよな、バカモノめが!
小田急線で祖師谷大蔵へ。地図を頼りにニシダさんのアトリエに向かうも、あまりの熱さに読図能力を失ったか、ウルトラマンに呼び寄せられたか、まるで反対方向の『ウルトラマン商店街』に行ってしまう。しばらく歩いてから気付き、反対方向へ。大汗をかいてやっとたどり着く。
エナメルのグラデーションを丁寧に3〜4時間ほど教えてもらう。う〜む、なるほど・・・
4時頃、汗びっしょりになってムスコの部屋にたどり着く。都は午後になりますます『地獄』と化している。パンツ一丁になりクーラーの下で「ハァーハァー」と喘ぐ。ムスコは高校時代のクラスメートが上京中とかで、会いに出かける。
家に電話したら「今日はこちらに住んでから一番の暑さ。都よりひどいんじゃない」とカミサンが虫の息。カミサンはいいが、ダリの小屋脇にスダレをかけてくるのを忘れた。スマヌ。
イヤハヤ、一体日本列島はどうなっているやら。シャワーを浴びてから、意を決してモツ焼きやに行く。ギンギンに冷えた生ビールとモツ焼きで都での至福(前にも書いたがここら辺にはモツ焼き屋はないのである)、正に『地獄から天国』である。生大にホッピーのナカ6杯ソト2杯でいい気持ちとなり、部屋に帰ってちょっとウトウト。20時半頃、息子が帰って来る。夏風邪気味で少々栄養をつけたいというので焼き肉屋へ。帰りにいつもの銭湯に行き、熱い風呂と水風呂を3〜4回繰り返し、カロリーの消費に努める。
昨日はクーラーの下、ウダウダと8時過ぎまで寝ている。いつもの『すき家』にて納豆定食(ご飯・味噌汁・小鉢・納豆・生卵・海苔)を食すがこれで280円というのは信じられぬ。さすがブラック企業だけのことはある。コーヒーを飲みたくてマクドナルドに入るも『全席禁煙』になった由。う〜む、これだから都は住みにくい。都での用件が一つキャンセルになったのでノンビリすることにして、絵筆を探しに中野に出る。駅を下りたら凄い人である。何かイベントがあるのかとムスコに聞くが「日曜日だから」とのこと。都の人間はこの暑さの中、よくぞ人混みへと感心する。何軒かまわり、やっと使えそうな絵筆を入手。もう昼だがあまりの暑さに食欲わかず、だが水分摂取には魅力がある。銀座LIONに入るが、ここも禁煙とのこと。う〜む。健康志向・健康志向でみんな長生きになって国が滅ぶぞ。当然禁煙ではない『珉珉』に入り生ビールに腸詰め・茎ニンニク炒め・ピータンなどを食す。あまりの暑さにオツムがジリジリするので、ちょっとつばの大きいパナマ帽を買い、駅まで戻るには人混みをかき分けねばならぬとのムスコの進言で、高円寺までブラブラと日陰を拾って歩く。丁度部屋に着いたら激しい雷雨。暫し昼寝。夕方、雨も上がって涼しくなり、銭湯に入ってからまた昨日のモツ焼き屋へ。ドクトル・タニウチに怒られそうである。いい気持ちになったところで「今夜は早く寝るぞ」と9時には寝るが、タイマーを掛けたクーラーが切れると暑くて寝ていられない。再度入れて眠る。
本日はムスコをバイトに送り出してから新宿へ行くも、8時過ぎのバスは満席。9時過ぎの切符を買ってドトールへ。まだ8時前というのにドトールの喫煙席は一杯で並んでいる。仕方ない、ワタクシも並んで数分後に席を確保。パナマ帽にアロハ、サンダル履きのおかしなジーサンなどワタクシ一人である。キヨクタダシイサラリーマンはこのクソ暑いのに背広やネクタイまでいる。ゴクロウなことである。8時半頃になると5〜60人いた人達が次々席を立ち、残った数人はといえばヨレヨレTシャツ姿のいかにもカメラ爺さんがヨドバシカメラの開店を待つ風情である。
バスはガラガラであったが、小仏トンネル付近の多重事故で14kmの渋滞とか。1時間半ほど遅れるかもしれないとのことだが、ナニ、急ぐ帰路ではない。文庫本を読んだりウトウトする。渋滞を抜けたら運チャン張り切って飛ばす。途中45分ほどの遅れを頑張って20数分の遅れで帰ってくる。こちらも暑いが風は爽やかでホッとする。例の如くダリ喜ぶ。
夜になり涼しいというより寒くなる。やはりこうでなくっちゃ!
猛暑である
暑い!まったく、まだ7月だというのに暑い。とても標高1000mを超える高原とは思えぬ暑さである。今日は多治見市で39.3℃になったという。都のムスコから『地獄』との電話がある。サイワイこちらでは夜は涼しいので助かる。布団は夏冬兼用、毛布を入れるか入れないかで済んでいるが、いずれはタオルケットが、否、クーラーが必要になるかもしれない。相変わらず進化せずに一年中黒い毛皮を纏ったダリはハァーハァーやっている。夏は白犬になるほどの進化にはまだまだ時間が掛かる様子である。
夕方ダリ散歩に出る。森の中はひんやりと気持ちいい。今年は『姥百合』が多い。こちらも高齢化である?
ガラス・カットをしていて、ふと視線を感じて窓を見たら、隣の庭先に鹿が来ていて、ノンビリ葉っぱを食べたり昼寝したりしている。食っちゃ寝、時々鉄砲のスリル付きではあるが、羨ましい連中ではある。
いい加減カットにも疲れてテレビを点けるが、映らない。?・?・?である。チャンネルを変えたら幾つかは映る。そういえば昨日から東京キー局の日テレ・テレビ朝日・TBS・フジテレビの配信が終了するとか何とか、有線テレビ会社から案内があった。キー局でも地方局でも番組はほぼ同じで、NEWS内容が地元のものが多くなるだけで特段不便はない。サイワイ、ワタクシの好きなテレビ東京だけはまだ配信されるとのことである。テレビ東京の番組は、「売れているタレントを使わない」、「旅や食いもの関係が多い」「その分、企画力で勝負」と、要するに『金』を掛けていない処がいい。『和風総本家』『大食いチャンピオン』『開運なんでも鑑定団』など要するに素人さんを上手く使っている。『美の巨人たち』もいい。それに何てったって昭和天皇が亡くなった時、他局が報道特別番組を一斉に放送するなかで、唯一平常通りの放送を続けていた『勇気』をワタクシは買うのである。ま、NEWS以外は本気でテレビを見る訳でもないし、テレビ東京が配信される限りは特段ワタクシには影響はないのである。
明日はちょっと東の都の『地獄』を体験しに行かねばならなぬ用事がある。麦わら帽子に短パンで、というわけにもいかない。着替えのシャツ多量にズボンの替えも詰め込む。ムスメから扇子を借りる。都の夏は酸欠であるから誰ぞに貰った『携帯酸素』も持って行こうか迷っている。
発電所計画
夜、漁協の専務理事から電話。「今日、町長と産業課長に呼ばれて役場に行ったら、山梨県企業局が計画する釜無川発電所の計画案が町長から示された」とのこと。その数分後、組合長から同様な電話がある。山梨県企業局がこちらに話しを持ち込むなら分かるが、町長が先頭に立って我々に話しをするというのはそもそもおかしなことである。
不幸なことに釜無川は長野県と山梨県の県境の川である。そこで山梨側がちょっかいを出して来る。生まれた電気は当然東京電力に売ることとなり、長野側には恩恵はない。但し、漁業権は我々長野県側釜無川漁業協同組合にあるのである。
20年程前、山梨県企業局から同様な計画案が持ち込まれた。釜無川上流笹野堰堤(洞ヶ沢と釜無川本流の合流点辺り)に取水口を作り、本流の水をトンネルで10km程下流まで流し、そこに発電所を作って発電するという計画であった。これによって普段釣り人が最も入る10km区間の水が殆ど無くなる、川が干されるというものであった。当時ワタクシは漁協発電所反対委員会の委員長を任され、当時の組合長と組んで徹底的な反対運動をまる8年間やった。あらゆる発電所関係の本を読み、信大の生物の先生と連絡を取り、企業局の計画案の矛盾点を探しと、自分の仕事どころではなかった。
当時の町長はどちらかと言えば発電所賛成、町議会議長は砂利屋であり企業局側に付き、最後にはさる重電メーカーを介して議員に金がばらまかれたという噂も(真実だと思うが)出たり、漁協は条件闘争に切り替えたとのデマも流されたりした中で議会にも色々な動きがあった。議会で発電所を認めるかの採決がある前日夕方、地元紙に「何が何でも一面にこの発電所問題を載せ、漁協はあくまで反対闘争を貫く」と載せて欲しいと申し入れた。社会部部長との長い交渉の末、記事の差し替えに成功し、翌日一面にデカデカと『釜無川漁協は発電所計画に断固反対する』との大見出しが出て、結局町議会も反対に回ることになった。また企業局との交渉中、計画案の矛盾点を突いたところ、企業局役人の杜撰さが暴露される結果となり、交渉途中で企業局長が部下に対して怒鳴り出すという珍事もあり、この計画は無期限凍結となったのであった。
今回、富士見町町長殿は計画に諸手を挙げての賛成派。釜無川下流域沿いの人口減少の歯止めに、に少しでも金が入るなら高度の政治的判断をもって川を売っても構わぬと組合長・専務理事・筆頭理事のワタクシの前で公言した人物である。ワタクシは「自然を金に換えるなど、最低の政治的判断。漁協は絶対に認めない。町を二分する争いを再度したければそれだけの覚悟をしてくれ」と言い返した。
元N○C電気の取締役だかなんかだが、トップ・ダウンで企業を誘致すると言って当選、現在2期目である。とにかく鼻っ柱の強い人のようである。
原発問題を抱え、エネルギーをどのように作り出していくのかが問われていることに目を瞑る気はないが、自然を金に換えることをこれ以上続けて良いものなのだろうか?
町のHPには『ふるさとの水と空気を育む町作り』『水を育む環境を守ります』『森を豊に生態系も大切にします』とあり、確か富士見町の標語は『高原の文化都市』だったように記憶するのであるが・・・
